あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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デスマスク
(2006年 4月8日 の 雑文より再録)

 NHKの番組で画家のモネの話を見ました。
 最愛の妻カミーユが亡くなったとき、悲しみにくれたモネでしたが、思わず妻の亡骸の光の変化に見とれてスケッチをし、それが作品として残っています。
 ああ、それでこそプロ!
 と思わず膝を打ってしまいました(誰だオレ)。
 別離の悲しみと創作意欲は別のものです。

 私はこれまでに祖父母(その後義父も亡くしましたが、この記事を書いた時は存命)を亡くしていますが、その頃は幼くてあまり実感はありませんでした。
 最後の別離は愛猫ミケコとのものです。
 私はもう40歳過ぎていましたが、号泣しました。
 泣きながらミケコの亡骸をスケッチしました。
 彼女の姿を描ける最後の機会だと思ったからです。漫画描きの自分に出来る最後のたむけだと思ったからです。
 ミケコは誇り高い子でしたから、人に晩年のやせ衰えた姿を見られるのは嫌でしょうから、その絵は終生人に見せることなく自分の引き出しにしまって行こうかとも思うのですが、もしいつの日かミケコのことを作品にでもすることがあれば、彼女が立派に彼女の人生いや猫生を生き抜いた証として、掲載するのもいいかもと思っています。
コメント
この記事へのコメント
何時だったか、夫婦揃っての山登りで、妻が滑落して行く事故が起こった時、思わずシャッターを切ってしまった写真家の話がありましたか。
「自分は人間ではない」と、悩む姿に写真家としての自分、妻を愛する自分の整合性を保とうとするあまりに壊れそうになる心を撮ることで繋ぎ止めようとする姿が印象的でした。
しかし、戦場カメラマンの方々は常にそういうジレンマに晒されている訳ですよね。
ロバート・キャパも、ハイエナや死神扱いはいつもの事だと書いてた筈ですし。
そこに万人が納得する答えは無いような気がします。
2011/12/05(月) 15:23:24 | URL | たき #-[ 編集]
すこし毛食が違う話ですが漫画太郎先生の描くクソばばあは、病症に伏す以前の元気な祖母の姿だとか
介護の大変さと家族への思いが混ざった結果があのばばあだったんでしょうか
2011/12/05(月) 19:42:44 | URL | 猫車の弥七 #-[ 編集]
裁けません
>たきさま
 そういうことはケースバイケースで他人が軽々しく是非善悪を決められませんよね;

>猫車の弥七さま
 ええっそんな事実があの絵に??;;
2011/12/06(火) 07:14:31 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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