あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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鏡の井戸
 昔から世間知らずの愚かな人間のことを「井の中の蛙(かわず)」と言いますが

 まあ、誰しも大なり小なり「井の中の蛙」なわけで
 自分が何を知らないか(あるいは、ソクラテスの言う「無知の知」)をわきまえている人は、けっこう少数派だったりします。
 以前から繰り返してます私の好きなマスター・チュン(映画『レモ第一の挑戦』の老師)(笑)の言葉に
 「馬鹿ほど良くしゃべる、利口者は良く聞く」
 というのがありますが
 私など、「表現者」という商売を選んでしまった関係上、人から聞かれてもいないことを勝手に表現して一生暮らすわけですから、ある意味「馬鹿決定」な人生だったりします(笑

「語る者は知らず、知る者は語らず」
 などと申しますが、言いえて妙かと。
 もっとも稀に、釈迦のように、一人で解脱しててもいいんだけど、衆生の苦しみを救うためにあえて表現者の道を選ぶために留まっちゃう魂もありますから、一概に「語る者は知らず」とも申せません。

 ところで

 人は皆、井の中の蛙と言うか、井戸のようなものだと思ったときに
 人(他人)は鏡、という言葉を思い出しまして。
 他人を見て、あそこが嫌だとかあそこが不愉快だと思う場合、えてして、そう思っている自分自身の内面を反映している鏡である場合が多いという。
 何事にも例外はあるので、すべてに当てはめるわけにはいきませんが、自分を振り返るとけっこう当たってます。
 いや、そのまま鏡でない場合でも、自分の狭量さとか、思考の偏りに気付かせてくれる役目を果たしています。

 んで、ふと夕べ思い出したんですが
 今の若い人は井戸なんて見たこともないって方も多いでしょうが
 私が子供のころ(昭和30年代初め)は、近所にいっぱい井戸がありました。我が家もまだ水道じゃなくて、手押しポンプで水を汲んでました。
 おじいちゃんに連れられて畑に行くと、深い井戸があって、落ちたら絶対子供じゃ這い上がれない。恐々覗いたものでした。

 で、覗くと何が見えたか。
 深ーい真っ暗な井戸の底の水面に、ちっちゃーく写っているのは自分の姿。
 井戸の底を覗き込んでいる自分の姿だけなんです。
 その後ろにはどこまでも広がる天だけ。

 人(井戸)は鏡という言葉と
 その幼い頃見たイメージが重なって
 なにやら思うところがありました。
コメント
この記事へのコメント
立場による視点の差
くまくまでございます。井の中の蛙.....もしかすると大海のみならず「宇宙」をも想像していた蛙もいたかも知れませんね(笑)職業、立場、それぞれの物の(者かも知れません)見方、いえ、見え方でしょうか?自分の職業柄の物の見方しかできないのはちょっと悔しいので就職後も色々なバイトをしています(会社には内緒)しかし、色々な職業を体験するごとに感じること、それは立場がかわれば正義も変わると言う事でした。もちろん人として最低限のルールは共通です、しかしぎりぎりの所で職業によってはかみ合わない事も多いですね。お互いに知らないために起こる争いは避けたいですから。もっとも知らない方が良かった事も無い訳ではありませんが(苦笑)
2007/06/17(日) 21:14:36 | URL | くまくま #eI0qnTzk[ 編集]
百人百様
>くまくまさま
 貴重な体験をなさったのですね。
 一人一人地面にまっすぐ立っているつもりでも、離れて行くにつれて、どんどん角度が変わって、南米に行くと真反対ですものね。
 色々な立場が理解できれば、もっと争いもなくなるのにと思います。
2007/06/18(月) 07:12:38 | URL | 貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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