あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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ジブラン「労働について」
 今年の3月の日記で二回、レバノン出身の作家、カリール・ジブランについて触れましたが(3月5日「善と悪について」16日「子供について」)
 今日は「労働について」(『預言者』カリール・ジブラン著/佐久間彪・訳/至光社)から少し引用します。

 後半いささか、いや、かなり過激なフレーズがあるんで
 このご時勢に、こういうことアップしていいのか、とか思って控えていたんですが、まあいいや(笑

「すると、ひとりの農夫が言った。お話ください。労働について。
 アルムスタファは答えて言った。
 あなたが働くのは、大地と、そして大地の心と、足並みをそろえるため」

「生きていることは闇だ、とは、あなたの聞いて来たこと。
 あなた自身も疲れたとき、疲れた者が言う其の言葉を繰り返しています。
 しかし私は言いましょう。まことに生きることは闇。もし、そこに衝動がなければ。
 そして衝動は盲目。そこに知識がなければ。
 そしておよそ知識は空虚。そこに労働がなければ。
 そして労働は空(むな)しい。そこに愛がなければ」

「愛をもって働くとは何か。
 それは、心から縒(よ)り出した糸で布を織ること。あなたの愛するひとがそれを身にまとうかのように。
 また想いを込めて家を建てること。あなたの愛する人がそこに住まうかのように。
 そして優しい心で種を播(ま)き、喜びに満ちて刈り入れること。あなたの愛するひとがその実りを食べるかのように。
 さらに、それはあなたのつくるすべてのものに、自分自身の息吹を吹き込むこと」


 ここまでは、まあいつものジブラン節なんですが
 この章のクライマックスはかなり辛らつです。受け取り用によってはニート礼賛、ホームレス礼賛とも取られかねない文章です。

「労働、それは目に見えるようになった愛。愛なしで、ただ嫌気だけで働くなら、むしろ働くのはやめて、神殿の門のわきに坐(すわ)り、喜びをもって働く者に施(ほどこ)しを乞いなさい。
 なぜなら、心を込めずにパンを焼けば、出来上がるのは苦いパン。それはひとの飢えを半分しか満たしません。
 いやいやながら葡萄(ぶどう)を搾(しぼ)れば、その吝嗇(りんしょく)が葡萄(ぶどう)酒に毒を盛ります。
 たとえ天使のように歌っても、歌うことを愛せないなら、かえってその歌でひとの耳をふさぎ、ささやきかけてくる朝と夕べの声をせきとめてしまうのです」


 ジブランは、いやアルムスタファは
 「勝ち組からむしりとって遊びましょう」
 とか言ってるわけではけしてないと思うんですが

 基本的に同感ですが、
 私はここに水上勉氏(だったと思うんですが)の
「世の中には「偽善」と言われても、しないよりした方がいいこともある」
 という意のメッセージを付け加えたいです。


 ここまで打ったとこで、江戸っ子のつまが横から覗いて
 「気ぃ入れて働けってことだろお」
 と言って去っていきました。
 ま、まあ、そうよねー(笑
コメント
この記事へのコメント
働く目的でしょうか?
くまくまでございます。何の為に働くのか?も動機に成り得ますでしょうか?だとするならば、生きるため、家族を養うため、ひいては明日楽をするために働くと言うのもありでしょうか?私個人としては明日の楽を得るための努力は惜しまないくちなので。
2007/06/03(日) 19:38:41 | URL | くまくま #eI0qnTzk[ 編集]
そうですね♪
>くまくまさま
 動機は大きいですよね!
 無論自分が生活するためがあります。
 あと、やはり誰かのお役に立ちたい(自己犠牲とかじゃなくて、あいみ互いと申しましょうか)。
 もっとも私の場合、好きな漫画で食べてる点、そうでない(好きな仕事が見つからない)方より、恵まれてるとこはあるかもです。
 仕事である以上しんどいこと辛いこともありますが
 自分の精神状態はキャラの表情とかにけっこう反映しますから
 お客様を楽しませるためにも
 不機嫌やイライラで執筆することのないよう気をつけています(いつも成功してるわけではないですが、昔よりは成功するようになったような)(汗
2007/06/03(日) 19:57:36 | URL | 貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
見出せない側から
最後のところは読解が難しいですね・・

あちらの宗教で物乞いについてどのような共通理解があるのかというのがわかりませんが、これを読む限り必ずしも切り捨てているとは思えません。

わざわざ「神殿の門のわき」と指定していますから、超越性との関わり、いわば神のふところのような場所ではないかと思うのですが、要するにそこで祈りなさい、あなたには神がついてますよ、ということでしょうか。

『ヨギの自叙伝』にも似たような話があります。物乞いではなく死ねと言ってますが、これもお前には神意が見えてないから修行しろという意味ですね。
2007/06/04(月) 11:00:55 | URL | あるカルマ・ヨギ #-[ 編集]
おおっ
>あるカルマ・ヨギさま
 『ヨギの自叙伝』にそんな下りありましたっけ。一回読んだきりなんで忘れてました。

「出来上がるのは苦いパン。それはひとの飢えを半分しか満たしません」というのが、私はすごく共感しました。
 自分もそんな「パン」何度作ったことだろうと・・・。

 ジブランはレバノン出身ですがクリスチャンの家庭に育ち、本人はニーチェに心酔してたこともあるくらいで
 特定の宗教とは離れて世界を見ていると思います。
 特に同書のエンディングはクリスチャン(少なくとも西方教会系には)にもムスリム(スーフィーなどの一部の人は別として)にも受け入れられない衝撃のラストですから(笑)。
 イスラムには喜捨(ザカート)という概念があり、富める者が貧しい者に分け与えるのは当たり前ですよね(実際どうかはまた別として)。

 私も日々の労働を通して、少しでも自分と世界を豊かにできればと願っています。
2007/06/04(月) 14:34:00 | URL | 貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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2014/09/13(土) 18:19:19 | | #[ 編集]
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