あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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仕事は苦行か
 先日、mixiのヴォイス(一種のツイッターのようなもの)を見ていたら、「仕事をしたら負け」(どなたかの言葉の引用らしいです)に始まって、自分はいかに仕事しないか、仕事中手を抜いているか(ネットしたり)というコメントのあれこれを目にしました。
 確かに一般には、仕事は食うためにやむを得ず行なうもので、できればせずに好きなことだけしていたいと思われるのは無理からぬことだと思います。

 ちなみに、私はマンガ家生活30年越えですが、いまだにマンガを描くのは大好きです。
 常になんの保証もなく、いきなりのリストラなど日常茶飯事、明日への不安は当たり前な暮らし(失業保険もありません。連載終了と同時に明日のない失業者です。今までも、これからも)。
 でも好きなんですよね、描くことが。
 先月も、イラスト仕事の修羅場の途中、ふと気晴らしに10分くらいネットをうろついて
「つまんねー、退屈、マンガ描いてた方が何倍もおもしろいやー」
 って仕事に戻りました(笑

 これってたぶん、ものすごく幸せなことなんでしょうね♪

 長い執筆生活の間には、「こんなもんでいいや」って、手抜きをしたことも無論ありますが、そういうことをすると、結局読者の方には伝わって自分の首を絞める(お客様が離れていく)んですよね。
 余計な手を入れ過ぎてのバランスの狂いとかはありますから、いい意味でメリハリは作らないといけないし、ペース配分を考えないと仕事が落ちますから、そういう意味での調整はありますが
 「いかに仕事しないでしてるふりをしたか」
 などというのは、考えたこともないですし、マンガ家としては終わりだと思います。

 好きなことを仕事にしたために、「逃げ場」がない辛さは確かにありますが
 へとへとになって這うように寝床に入りながら、寝る前に
「ああ、早く起きて続きを描きたい」
 と思える瞬間があるというのは、この仕事ならではかも知れません。
 それと引き換えに、先の見えない不安定な日々と、それに伴う生活不安やストレスは、すべて甘んじて受けるしかない、と言うか差し引きチャラなことなのかもと思います;

 ちなみに私、別にワーカホリックなわけではなく、ヒマならヒマで、色々仕事中できないことをして暮らしたりもします。
 十年くらい前でしたか(もっとか?)たまたま仕事がなかった時期があって、日記を見ると、「きょうもレンタルDVDを見て暮らした。こんなにヒマでいいのだろうか。いや、いずれまた時間がない修羅場の日々がくるだろう。それまでは今だけの時間を味わおう」みたいなことを書いていました(笑)。
 マンガ家仲間には、〆切がないと描けないという方もおいでですが、私は描きたいものは常にありますので、なくてもマイペースで資料を集めたり構想を練ったりして淡々と描いていく方です(上記のDVD見てたときも、それはやってました)。
 シェークスピアの『ベニスの商人』の「血と肉」ではありませんが、私の場合、仕事とマンガはどこまでが仕事でどこまでが趣味なのか分けられない形で入り混じっているのかもしれません。
 心身ともに疲れ果てて、休みたいと思うことはありますが
 仕事が嫌だと思うことはないです。
 腐れ縁というのでしょうか(笑

 無論、どんなものを描いていても楽しいわけではなく、退屈なパートというのはあります。
 たとえば、学校の校舎で同じような窓枠を百個描かなければならない、などというところは、正直うんざりしますし、音楽など聴いて気を紛らわせたり、己を鼓舞したりして切り抜けることもあります(笑)。
 有名なアメリカの映画監督(故人)で、退屈な部分はさっさと撮影するという方がおいででしたが、見習いたいものだと思います♪
 緊張やストレスは体に出ますから、あちこち凝ったり痛かったりというのは時々あります。
 でもマンガ家という仕事は好きです。
 でも大変です。

 この命ある限り続けたいと思うくらい好きですし、また生まれ変わってまでやりたいとは全然思わないくらい大変です(この世に生まれ変わりというものがあるとしても、二度とやりたくないです)(笑
 なんだかとりとめのない話になってしまい、申し訳ありません。
 さあ仕事仕事♪
コメント
この記事へのコメント
>自分はいかに仕事しないか、仕事中手を抜いているか・・・

一つには雇われ仕事(サラリーマンも含む)だからでしょう。たとえ自分が好きで選んだ仕事であっても、他人に雇われていて自分の自由にならない仕事は味気無い感じがあります。
自分も勤め人時代、嫌いでは無い仕事でしたが、こなす仕事量だけで成績を計られていた頃はとても辛いものがありました。(勤め人の前職が陸自隊員だったので、余計にそう思いました。)
自分の身体が資本で、病に倒れたり事故にあえば何の保証が無くても、職人的な仕事には強い憧れがあります。

人間好きなことを一生懸命やって、ソレが生活に繋がればとても幸福な事だと思います。
2010/05/02(日) 11:53:11 | URL | ぬうぼマン #x9c5GV3o[ 編集]
どんな仕事にも
>ぬうぼマンさま
 どんな仕事にも意義と喜びは見出せるとは思います。たとえそれが便所掃除であっても。
 一方で、多大な人気を博すという、私などから見ればうらやましい限りの状態でも、止めたくて仕方がなかったという人(確かドイルはホームズを葬りたくて仕方がなかったような??)もおいでです。
 ただ、一般的な仕事で、上から押し付けられ、歯車のように使い捨てられる仕事に、空しさを覚えるのも人情としてわかります(まあ、使い捨てられるという点においては、マンガ家はかなり右に出るもののない職業かもですが。失業保険もないですし)(笑)。
 おっしゃるとおり、好きなことをしてお金がいただければ、それは幸せなことだと思います。感謝して暮らしております。
2010/05/02(日) 12:45:22 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
つか〇〇
仕事ってのはお金を稼ぐためにやるもんじゃない。

お金が発明される前から仕事はあったのだから。

仕える事ってわけですね。

古くは主に仕えて、今なら社会に仕えるのかな?

仕事してお金を稼がなきゃってのは本当は当たり前じゃないのだ。
仕事したら負けですか?じゃあいっちょ負けてみようっと!何が「価値」で「捲け」なんだか・・・。v-58

午前様で仕事ですよっ。捲けちゃうよっ。
2010/05/04(火) 03:32:10 | URL | やすやす #-[ 編集]
お金はおまけ
>やすやすさま
 知り合いの女性マンガ家が、小学生のお嬢さんから
「ママ、お金は働いたおまけよ、お、ま、け」
 と言われたそうですが(笑
 金のために働かざるを得ないとは言え、実際問題として金のためにしてるだけとは言えないですね♪
 ことに仕える<なるほど、言いえて妙ですね。
 使えないやつ、というのは仕えないやつの意味でもあったのかも。
 働いたら負けなら別に負け犬でけっこうですね自分(笑
 ご自愛ください。
2010/05/04(火) 22:38:19 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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