あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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表現規制の問題に関して4 『シンバッド』の思い出
 私が昔描いた作品で『シンバッド』というのがあります。
 シンドバッドの英語読みは途中のDが省略されて「シンバッド」となるんですが、ハリーハウゼンのシンドバッド映画などに敬意を表して、そういうタイトルにしました♪
 主人公のシンバッドはアラビアに暮らす少年です。
 と言っても現地人ではなく、東洋から流れ着いた孤児(実は日本人)で、優しいアラビア人の両親に拾われて暮らしています。
 しかし彫りの深いイケメンの多いかの地で、三白眼で凹凸に乏しい顔のシンバッド(無論本名ではなく、拾った義理の両親に付けられた名)は、仲間たちからイジメを受けます。
 そしてあるとき、ひょんなことから自分のルーツを探す長い旅に出る・・・
 そんな話だったように思うのですが、何しろ二十年以上昔に描いた作品ですから、記憶違いがありましたらお詫びします(笑

 表現規制の話とそれが何の関係があるんだと思われるでしょう。
 あるのです。
 と言うか、あったのです。

 二年くらい続いたでしょうか、連載が終わりに近づいたころ、ちょうど世間では「マンガにおける黒人の差別表現」に関する問題が巻き起こっていました。
 手塚先生や、鳥山明先生など、大家、新人を問わず、その作品中の黒人描写が差別的であるということで、描きなおしや回収の騒ぎが起こっていました。
 原因がどういう人びとであったかは、すでに様々なところで言及されていますから、今更ここでは申しません。
 
 ちなみに、私はいかなる差別にも賛成しません。無論黒人差別もです。
 黒人はその身体的美しさにおいて特筆すべき人々であり(肉体だけが長所だという意味ではありません)、絵のモデルとして昔から取り上げてきました。最新作の『戦闘女神アヌンガ』は、その一つの成果です。
 白人の優越的史観で書かれた古い歴史書には、アフリカの黒人には歴史と呼べるようなものはないだとか、様々な差別的断定が満ち溢れていました。研究が進んだ現在では、それが偏見に過ぎないことが明らかにされています。
 もっとも日本における黒人とその文化に関する理解はいまだにお寒いものであり、中には
「アフリカ大使館」
 というものが存在すると思っている人さえいる、と何かの本で読んだことがあります(日本も中国朝鮮ベトナムその他アジアの国々も一つにした「アジア大使館」があると思っているようなものです)。
 黒人の美術は、ラクガキのような絵や彫刻しかないという偏見もあります。
 あれは一つのデフォルメ表現であり、写実的な美術を生み出した黒人文化もちゃんとあります。白人優越史観の学者たちは、こんなものが黒人に作れるわけがない、この土地に流れてきた白人の作ったものだ、とか、中にはアトランティス人の作ったものだなどと言う人までいたそうです。
 イフェ文化の精緻なブロンズ像などを見ればその偏見は消えるでしょう。

 さて、そういう話題は別の機会に申し上げるとして、表現規制に戻ります。

 シンバッドの旅は進んで、舞台はインドに移りました。
 言うまでもなく、かの地の人の肌は黒いです(東洋人に比べてですが)。
 私もそのように描きました。
 すると編集部から電話がありました。
 黒人を出すのをやめてくれというのです。
「はあ?」
 山本さん、今世の中でどういう運動が起こっているかご存知でしょう、と言うのです。
 知っていますがそれが何か?インドで肌の浅黒い人びとが登場することになんの問題がありますか。
 シンドバッド映画をご覧になった方なら想像がつかれると思いますが、主人公が異国に行けば、当然その国の悪役がちょっかいを出してきます。悪辣なやつもいれば善人もいるし、道化役のキャラクターもいます。
 そういう存在を描くだけで目を付けられるからやめてくれと言うのです。
 別にクレーム団体から私に抗議があったわけではありません。
 ただ編集部の判断で、臭いものにはフタ、目を付けられるようなものは掲載しないというわけです。
「自主規制」という名の「表現規制」でした。

 私はすでに描いていたすべてのコマのインド人の肌を白い肌に描き直させられました。インドには黒い肌の人はいないのです。描き手の意識や表現とは無関係に、存在自体が消されたのです。
 インドの人は肌は黒いけれど、アフリカ系のネグロイドとは人種が違います(顔立ちを見れば一目瞭然)。ですので、当時吹き荒れていたもっぱらアフリカ系黒人の差別表現撤廃の運動とは、そもそもピントがずれていたわけですが、そんなことはおかまいなしでした。
 もっとも、連載の最初から黒い肌だった乙女のジャリスや、主人公の友人のヒコは、いまさら変更もならず肌は黒いままでしたが(笑)。
 そして、インド編を最後に、『シンバッド』は連載終了を言い渡されました。1991年のことでした。
 終了は私の不徳のいたすところで、人気不足が原因だったのでしょう。
 しかし、この事件は、私に表現規制に関して、少なからぬ印象を残しました。
 このときの一連の運動と表現規制は、お上が命じたものではなく、一部の一般市民の起こしたものでした。多くの表現者、出版関係者がそれに動かされ、影響を受けました。

 別に恨みなどはありません。
 もはや昔の思い出です。
 ただ、私は、分別のある客観的な表現規制などというものを、これっぱかりも信じません。
 どういう形であろうとも、また同じようなことが起こるでしょう。
 ミソも糞もいっしょくたにした、●●叩きが起こるでしょう。
 危ないものはまとめて封じこめればいいのだ。
 それは、第二次大戦当時の合衆国における「日本人強制収用」のようなものです。嵐が過ぎたずっと後、被害者が亡くなった後で「違法だった」などと認められても、なんの足しにもなりません。
 二十年前のテーマは「黒人」でした。
 今度は何でやるのでしょうか。
コメント
この記事へのコメント
他者の視点
サルマン・ラシュディの悪魔の詩がイスラーム社会への冒涜表現であるとされ死刑宣告された有名な問題がありますね。私は悪魔の詩そのものはきちんと読んだことはないのですが(原書は持っています)ラシュディは確信犯というか挑発の意図はあったのでしょうね。死刑宣告をされるのを覚悟で表現したのかもしれません。

そして気の毒にも翻訳者の五十嵐一は首を斬られました。

日本の漫画家や作家が死刑覚悟で作品を書くというのはありえるでしょうかね。聞いてはいけないですかね、一般論ということです。

問題が日本国内だけでとどまっているのなら、何を表現しても死刑にまではならない。

よそ様の社会であるイスラーム社会などを揶揄するような表現はしてしまうとまずい。しかし、イスラーム社会を揶揄というか風刺というか、侮蔑する表現を何があっても絶対にかいてはいけない。とすればそれも奇妙だなとは思います。しかし誰も死刑にはなりたくないから、無用な波風は立てないのが賢いででしょうけども…

それ以外にも、日本の漫画が海外へ輸出される量が増えれば必然的に漫画家や出版社が説明責任を問われやすくなるでしょうね。児童ポルノ(的)な漫画を海外へ輸出したときに、輸出先の国の人々から抗議されたときに、どう受け答えするべきかそれも考えなければいけないですよね。この問題も難しい。国内問題ならあいまいにごまかすことはできますが。対外的な問題はごまかしが効かなくなりますから。
2010/03/29(月) 00:33:10 | URL | まえやま #-[ 編集]
ありましたね
>まえやまさま
 そんな事件がありましたね。
 殺された翻訳家の方はお気の毒でした。
 輸出先の国の人々から抗議されたときに、どう受け答えするべきか<考えておくことが必要でしょうね。ネットのおかげでリアルタイムで世界とつながってる時代に、まさか見られるとは思わなかったと言う言い訳は通用しないです。
 色々揶揄したい人はそれだけの覚悟を持ってするしかないですね。
 私は特定の宗教、イデオロギー、国家を笑いものにするような話を描くつもりはないですが、恐ろしいのは誤解や曲解です。
2010/03/29(月) 20:40:19 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
90年代頭ですから、まさに『黒人差別をなくす会』家族の波紋ですね。
解同とマスメディアのヒステリーが化学反応を起こした、ほとんど事故のような出来事だったと記憶しております。
物事の判断がつかない子供、活動家経験値の高い親、冷戦終わり際の世情とリベラルなワシントンポスト、同調した日本のメディア、差別の御旗に怯えきっていた日本人。
皆が少しづつ合理性を欠いていました。
2010/03/31(水) 12:07:47 | URL | 猫車の矢七 #-[ 編集]
心を削って少しばかり
人種の違いは、顔形、肌の色とか。
人の種類にまつわること。

もうひとつは人が信じることにまつわります。

願わくは、それらの指し示す方向が身近の平穏に繋がりますことを願います。
世界の全ての場所に分け与えるものであることを願います。

2010/04/01(木) 00:08:03 | URL | やすやす #-[ 編集]
ご存知でしたか
>猫車の矢七さま
 ご存知でしたか。
 皆が少しづつ合理性を欠いていました<でしたね。またそうならないといいんですが、人間なかなか変わらないですから。

>やすやすさま
 私も同じことを願っております。
 ありがとうございます。
2010/04/01(木) 21:04:20 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
シンバット!!
ああー懐かしいなんて書いちゃ失礼でしょうか。私、先生の作品ではリアルタイムでアーニスの雑誌掲載を読んで、その次に読んだ覚えがあります。丼物頭の宇宙人を追う女刑事かなんかの短編も同じ頃読んだでしょうか。ギャグとシリアスのギャップにドハまりして、チェックチェックしていました。
シンバット、東洋人顔の主人公が濃い顔の脇キャラの中で両手棍棒で暴れまわるのが痛快でしたね。当時単純にヒーロー物として読んでましたが、肌の色の事でそのような顛末で連載が先細った原因になったとは今思い出しても残念です。ヒコの個性がほとんど紹介されないうちに連載が終わってしまったのが当時不思議には感じていました。ヒコは多分あの容姿とははげしくギャップがあるサムライ魂キャラとかにでも描かれるはずだったでしょうに。続けて読みたかったです。時々先生の読者サービスイラストにジャリスが描かれるのがとってもエロくてうれしかったですよ。先生の腰骨の表現が好きだったんです。
2010/04/02(金) 22:47:37 | URL | ドキ2 #a.TnPdPc[ 編集]
ありがとうございます
>ドキ2さま
 いえ、私もなつかしいです(w
 丼モノの宇宙人<レイコ123C56Xですね。二十年近く昔でしょうか(もっとか?)(汗
 シンバッドのその後の展開に関する御考察、お見事です。描いてみたかったですね。
 ジャリスの腰骨<ありがとうございます。とっても愛しかったキャラの一人です♪
2010/04/04(日) 00:27:36 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
漫画読破でシンバットを読みました!シンバットの出生の秘密がわからないままで、、、続きがないか探してみたのですが、こんな事情があったんですね,,,是非いつか先生が書きたかった形で続きを書いてください!!!
2016/05/10(火) 13:48:45 | URL | #-[ 編集]
Re: タイトルなし
>5月10日にコメントくださいました方へ
 シンバッド、お読みくださりありがとうございます!
 暖かいお言葉感激です♪
 機会がありましたら、またお読みいただけますように!
2016/05/12(木) 11:32:54 | URL | 山本貴嗣 #-[ 編集]
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