あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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表現規制の問題について3(質と量)
 表現規制問題の三回目ですが、長い話ばかりだと打つのもお読みくださるのも大変ですので、今回は手短に。


 表現規制を行うには、その客観的な判断の「目安」が必要になります。

 そこで思い出すのですが、
 あの北野武監督が海外で
「あなたの映画の暴力シーンは怖い」
 という意味のことを言われたことがあったように思います。
 で、北野氏が
「何を言うんだ、ハリウッド映画なんかもっとたくさんの人がバンバン撃たれたりして死んでるじゃないか」
 と返すと、質問者が
「ハリウッドのあれはコミックだが、あなたのはリアルだ」
 という意味のことを言ったという。

 無論、北野氏の表現も、一つのエンターテインメントの枠内である以上、ある種のお約束の範囲を出ない部分はあるのですが、ハリウッド的な「痛みのない暴力表現」とは一線を画していると思います(だから、どっちが優れているとか下だとか言うのではありません)。
 「痛みのない暴力表現」というのは、以前知人のブログで目にした言い回しなのですが、『トランスフォーマー』などのアクション映画で、明らかにたくさんの人が殺されているのに、演出的にまったく痛みが伝わってこない。そんなこと考えないで楽しみましょうよ、な見せ方になっているということです。
 無論、ああした作品は戦争の悲惨さを伝えようとかいうものではなく、難しいことは考えずにアクションを楽しむものでしょうから野暮なことを言うつもりはありませんが、私のように、暴力はそれなりの結果を伴うということを念頭においた殺陣が好きな人間には、物足りないものがあります。

 それはさておき

 北野氏に上記の質問をした人は、殺戮シーンの残酷さが、作中の単純な血のりや人死にの量では量れないこと
 問題となるのはその「質」であることがわかっておいでだったわけですが

 こういう感覚のない方というのが世の中にはいらして
 杓子定規に「量だけ」で表現の判定を行い始めた場合(そういう役職にそういう人物がついた場合)
 暴力表現であろうと性表現であろうと、またその他のジャンルに関しても、まったく見当はずれのジャッジが次々と展開されていくことになります。

 同様に、その種の感覚のない人同士の間においては、それが確実な「実績」として評価されるでしょうし、お役所仕事の帳簿上のつじつまは合ってしまい、特に問題視されることもなく過ぎていくと、困ったことだなあと思うものです。


 それでは続きはまた4で。
コメント
この記事へのコメント
福岡県でヤクザやギャング礼賛雑誌を店頭に置かない様、県警がコンビニに要請して、店側もこれを受け入れたという記事を読みました。こちらはそれほど話題になっていませんが、同じ種類の危険をはらんでいるのでしょうか?
もっとも、私はこちらの規制には正直なところ賛成していますが・・・
2010/03/25(木) 21:30:40 | URL | 間地出 外吉 #//IwUzE6[ 編集]
量と質・・・・・・
大変難しい問題であると思います。
ただ個人的に言える事は「するなら全部する。しないなら全部しない。」ではないかと思うのです。

「これは良いけど、あれはダメ。」と言う場合、一体その基準はなんであるのか?
多くの場合は「性的表現・性交場面が全体の何パーセントであるか」が基準になるのではないか?公的なお役所仕事のあり方とすれば、具体的な数字と周りを納得させる根拠としてこの方法に落ち着くはずです。

そうなれば「質」については問われないし問う事も出来ないでしょう。
今までも「セーラー服はダメ」とか「強姦シーンはダメ」とか逐一具体例を上げて規制をかけてきた訳ですし、表現の足かせになるのは目に見えているはずです。

「麻薬・銃器」のように「持っているだけでダメ」な物は、とても解り易いのですが「エロチシズムを含んだ表現」がいけないと言う根拠は、未だ議論されないまま現在に至っていると思います。

ネクストは「脳内妄想規制」かな?(ちょっとSFネタですね♪)
2010/03/26(金) 10:08:00 | URL | ぬうぼマン #x9c5GV3o[ 編集]
自分なりに考えてみました
自分は表現者ではないので解らないことだらけなのですが・・。
日本は高齢化社会で超『大人』社会。
というか・・どの国家も『大人』が主役。
そして『大人』はそもそも自己規制できる存在で『大人への表現の規制』はそもそも不必要かと。
『自己規制できていない』と判断された場合は犯罪者になるわけですが、それも人生の選択肢です。
規制が必要なのだとしたら『子供の管理を強化する』と『性犯罪の罰則を超強化する』がベターなのではないかと。
『大人の義務をちゃんとしろ』という事です。
反対するだけでなく『対案』を議会に出さないと変な連中に押し切られたりするので、そこを頑張らないといけないと思うわけです。
2010/03/26(金) 14:18:17 | URL | おおた #d8m7mZxU[ 編集]
コメントありがとうございます
>間地出さま
 それは興味深い話ですね。
 確かに暴力団礼賛はよくないと思いますが、だとすると広義に解釈して「ゴッドファーザー」なども禁書になるんでしょうか?
 あ、雑誌じゃないからいいんですね。
 なるほどー;

>ぬうぼマンさま
 「質」については問われないし問う事も出来ないでしょう<だろうと想像します。
 エロマンガに関して言うなら、何コマ費やしてもちっとも興奮できないものもあれば、1コマでも興奮できるものがある。そこをいっしょくたに勘定するのは、茶番ですが(w
 それがお役所仕事というものかもですね。 
 「エロチシズムを含んだ表現」がいけないと言う根拠は、未だ議論されないまま現在に<そうなんですよ。
 科学的には根拠がないというデータもあれば、反対意見もあるでしょう。
 そこをすっとばして感情論で押し進めようとしているところに、問題を感じます。

>おおたさま
 反対するだけでなく『対案』を議会に出さないと<常々思うのですが、自分の権利のために闘う話はいくらもありますが、義務のために闘う話は聞きませんね(笑
 よりよい社会をどう作り上げていくかを話し合うのは大切だと思います(無為自然もいいですけど)。
 反対派の人々が、社会のことなど考えていない自分勝手をしたいだけのミーイズムの権化だと「矮小化」されないよう、反対派は反対派なりの考えを提示するのも必要だと思います。

 基本的に私は、反対賛成双方の、聞くべきところは聞き、見るべきところは見て、一方を否定するのではない形での回答を見出せればと思うものです。
2010/03/27(土) 10:46:07 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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