あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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劇画村塾同窓会(2010年)
 他人のふんどしで相撲を取ると申しますが、他人のブログで記事を書かせていただきます(笑
 友人(と言ってもエンターテインメント業界では先達であり、年齢的にも7つくらい上)のさくまあきら氏の仕事人裏日記(2010年2月27日)をご覧ください♪
 私が小池一夫劇画村塾の門下生であることをご存知の方もおいでと思います。
 先日、その同窓会(といっても1~8期生まで。人数多すぎて一挙にやるのは難しいため)が渋谷で開かれ、行ってまいりました。
 さくま氏の記事の下のほうにある当時の新聞記事は私が持参したコピーです。
 集合写真では、首からカメラを提げて左のほうにしゃがんでます。

 懐かしい顔と(無論師匠の小池先生とも)お会いできて楽しいひと時でした。
 さくまあきら氏や高橋留美子氏とは同じ一期の同期生です。
 1977年の開塾当時、私はまだ18歳でした。
 みんないつの間にか歳をとったものです。
 村塾の後輩に当たるとがしやすたか氏や山本直樹氏、みなさん頭に白いものが混じっていて、流れた歳月を感じます。
 そういえば、直樹氏は1~2回、若いころアシスタントに来ていただいたことがあったのですが、さすが大物というか豪傑というか、手伝いに来たのに延々と爆睡して起きなかった覚えがあります。
 今回久々に話したら、ご本人も覚えてらして
「あのときは10時間も寝ちゃって、気がつくと山本さんがオレにモデルガンを突きつけていて『起きろ』って言ったんですよね(笑)」
 全然忘れてました私(笑)(たとえ、おもちゃであっても、銃口を人に向けてはいけません);

 まだメールもネットもない時代、遠く離れた仲間とは長電話が一番のコミュニケーション手段でした。
 いや、実は1977年当時は、大学生でも自室に全員が電話を持ってはいない時代でした。同じアパートの仲間に借りたり、公衆電話でかけたり。私が電話を入れたのは、デビューが決まった1978年のことです。
 日本経済がまだ右肩上がりだった最後の時代、マンガ界の「黄金の日々」だったかもしれません。
「あの時代の村塾のこととか、誰かが書かないとみんな消えてっちゃうよ」
 とさくま氏。
 近いうちにスタート予定のエッセイマンガでは、その辺の話もおいおい描いていこうと思っています。
 もう一週間くらいしたら発表可能になると思いますので、今しばらくお待ちくださいー;
コメント
この記事へのコメント
さくまさんのブログ拝見しました。
あつじ先生、謹画信念の写真の頃とお変わりなくいらっしゃいますね。
メンバーのなかに、ひじかた憂峰氏がいらっしゃらなかったのが残念でしたが。
2010/03/03(水) 17:36:45 | URL | 間地出 外吉 #//IwUzE6[ 編集]
私もです
>間地出さま
 おそれいります。いや、アップにするとしっかりジジイ化進行してますが(汗
 ひじかた<狩魔さんですね♪私もお会いできなくて残念です;
2010/03/04(木) 17:48:52 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
久しぶりに顔を見たけど
劇画村塾同窓会の写真で、久しぶりにお顔拝見。変わらないね。
私の顔は、ツイッターのアイコンでアップしてますが、見てくれたカナ?

じゃあ、またね。
2010/03/11(木) 19:43:27 | URL | 大田季子 #-[ 編集]
いやー歳とりましたよ(w
>大田さま
 いやいや、学生時代から10kgは太りましたよ。
 私もすっかりじじいです(爆
 ツイッターはやってないんで拝見できません;とほほ
 よかったらメールに添付でもしてお送りくらさいー♪ではでは。
2010/03/11(木) 21:31:55 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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