あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
201707<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201709
『ガルシアの首』 (ネタバレあり)
『ガルシアの首』
『ガルシアの首』
 1974年のアメリカ映画。
 私の敬愛する故・サム・ペキンパー監督の傑作。
 原題は“BRING ME THE HEAD OF ALFRED GARCIA”
「俺にアルフレッド・ガルシアの首を持って来い」でしょうか(笑)。

 なぜ今頃こんな作品を取り上げるかと申しますと
 先日ケーブルテレビで、アメリカで製作されたペキンパーに関するドキュメンタリーを見ていて、この映画が公開当時全然ウケなかったという証言を聞いたためです。
 えー?ウソー、マジー??
 みたいなー;

 証言者の一人の
「100点満点で言うなら5点くらいの評価だった」
 というのは、誇張があるとしてもあんまりではないか。(証言している当人は大いに評価したと言っているのですが)

 ちなみに、内容をご存じない方のためにアマゾンの該当ページの記事を引用しますと

<<キャスト&スタッフ>
ベニー…ウォーレン・オーツ(内海賢二)
エリータ…イセラ・ベガ(此島愛子)

<ストーリー>
メキシコの大地主は自分の愛娘を妊娠させた男、ガルシアに100万ドルの賞金を懸けた。
賞金の匂いを嗅ぎ取った酒場のピアノ引きベニーは、自分の情婦エリータからガルシアが既に死んでいることを聞き、ガルシアの首を求めて旅に出るが・・・。

<ポイント>
●監督は、スローモーションを駆使した究極のバイオレンス描写で観る者を圧倒した鬼才サム・ペキンパー。
●『ワイルド・バンチ』『さすらいのカーボーイ』のウォーレン・オーツ主演で贈るハードコア・バイオレンス。
※日本語吹替音声は現存するテレビ放送当時のものを収録しております。>


 ストーリーは見ての通り、若い恋人同士がいっしょに楽しく鑑賞するような作品とは真逆の内容です(笑)。
 イケメンでもなんでもない金も名誉も地位もない、うだつの上がらぬ主人公が、必死に生きる姿に、共感できるか、どうでもいい腹の出たただのおっさんだと思うかが、好き嫌いを分けるでしょう。
 ネタバレを申し上げるとバッドエンドです。
 でも、それしか有り得ない旅に出てしまったことは、話の途中で解ります。

 私はペキンパー監督が大好きですが、その中でも心に残る作品ベスト5の一つではないでしょうか。
 なぜ、この作品が受けなかったのか。
 ミステリやハードボイルドファンの妻は、私と同じくこの作品が好きですが、彼女は
「内容を盛り込みすぎていることも敗因の一つかも」
 と言います。
「一般の観客にとっては、泣いていいのか笑っていいのかわからない面があるのかも」
 と。
 確かに、多くの観客は、エンターテインメントは、わかりやすくシンプルなものを好みます。
 しかし、それがすべてでもありません。

 ペキンパーは彼が歩いてきた人生を、この作品にこめたようですが、見ていると私にはたくさん響きあうものがありました。
 ペキンパーは1925年生まれ。
 1984年59歳で亡くなりました。
 この映画の完成時には49歳だったということです。
 あと数日で51歳になる私とは、年齢的にも近いものがあります。

 人生は甘いだけでもなければ辛いだけでも酸っぱいだけでもありません。
 様々の要素があって、その渾然一体となったものが味わいです。
 

 少し話はズレますが
 以前、私が読者の方からいただいた批判的なお便りに、私の作品は軸がブレているのではないかというものがありました。たとえば、シリアスな作品の主人公の名前が冗談っぽいとか、シリアスな物語の敵役(たとえば『戦闘女神アヌンガ』の一部の怪物)が笑えるものが見受けられるといったものです。
 私は、それを「わかってないで(ボケて自覚なく)やっている」のではなく、「自覚して」「意図して」やっています。
 なぜならそれが世界であり人生であり、私のリアリズムだからです。

 そのことについては、また機会を改めて書きたいと思います。

 話は映画に戻りますが
 この映画、一件我々とは無縁の無頼な無法者の世界を描いているようで、実はしっかり接点があります。
 中でも、大きくうなずいたのが、この物語の大元である大地主のおっさん。
 ここ、思い切りネタバレなのでお知りになりたくない方は飛ばしてください。


 

 大地主は、最初、自分の娘を妊娠させたガルシアという男に激怒し、その首をもってこいと言います。
 その命令を受けた部下が、知り合いのギャングに仕事を命じ、そのギャングがまた人を雇って・・という形で
 主人公は言ってみれば「下請け」の「下請け」・・・みたいな立場です。
 報酬も最初1000ドルとか言われ(大地主は100万ドルって言ったんですよ)(笑)、交渉して1万ドルで契約してガルシアを探します。
 仲介業者の大幅ピンハネ、どこの業界にも(マンガ界にも)ある話ですよね。
 で、そのために主人公はじめ、末端の様々な人間たちが巻き込まれ、右往左往して不幸になります。
 クライマックスは、多くの大切なものを失った主人公がブチキレて事件の大元、大地主の屋敷に乗り込むんですが

 すると屋敷では何か祝い事をやっている。人々が集まり花火まで上げられています。
 なんと、妊娠していた娘は無事子供を出産し、その祝宴なのでした。
 あんなに怒っていた大地主は、孫が生まれてご満悦。
 にこにこ顔で赤ん坊を抱いています。
 そばに付き添う、どこか浮かない顔の娘。
 そこへ袋に入ったガルシア(つまり生まれた孫の父親)の首を携えて、主人公がやってきます。
 報告を受け、一瞬はっとしますが、すっかり興味を失っている大地主。





 どこかで見たような話だと思いませんか。
 そう、お上の決めた公共事業に振り回され、右往左往し、それさえなければ存在しなかったトラブルに、身も心も傷ついた下々の人間。自分だけでなく愛する者や本来縁もゆかりもなかった人々までも巻き込んで
 やっと命じられた仕事の段取りをつけて、報告に行くと、すっかり「心変わり」した「お上」が待っているという(笑

 そこで主人公が怒ります。
「この首のために●●人死んだ」
 でも、ある意味、どこかのお上より、この大地主の方がまだ良心的かもしれません。だって、約束の100万ドルはちゃんと払ってくれるんですから(笑)(でも、もはや主人公を止めることはできないんですけどね)。

 ひと時の思いつき、感情的、衝動的な言動で、他人を振り回しておいて、その結果がめぐってくるころには、すっかり気が変わっている人、あなたのまわりにもいませんか?
 私は人生で、金と権力は別として、この物語の大地主みたいな人に、何度も出会ってきました。
 いるいるこういう人、って思わず笑ってしまいます♪

 そういうわけで、クライマックスの主人公にわが身を重ねて見たものですが(大地主は、あくまで要素の一つです。この映画には、もっと色々な人生の悲喜こもごもが詰まっています)
 私がひっかかった大きな点は、これが受けなかったということ。
 だって、私も訴えたい、描きたいテーマを、かくも見事に描ききったペキンパーの労作が、総スカンだったとすれば、自分がどれほどがんばっても、それはお客様に受け入れられないということになります。
 えー!!?なんでー!!!??

 一瞬目の前が暗くなりました;

 でも

 ウィキで調べたらアメリカでは惨敗したけど日本では受けたそうですね、この映画。
 そうか、日本では受けたのか!
 そういえば、ドキュメンタリーの中でも、ベニチオ・デル・トロが
「アメリカ人はナンバー1が好きだからね。でも二番手の人間の方が魅力的なんだよ」
 というような意味のことを言ってました。
 実のところ私も、最近は超人的な主人公よりもそういうキャラを描いてみたくなっています。

 なんだか少し救われた気がしました。
 気を取り直して、精進したいと思います♪

 というわけで、サム・ペキンパーの『ガルシアの首』でした。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.