あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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「情けは人のためならず」
 言わずと知れた「情けは他人のために『持ち出し』になるだけのものではない、巡りめぐって己のためにもなるものである」という意味の言葉ですが
 近年、間違った理解の人が増えて、「人に良くしてあげることは、相手のためにならない(から、人に思いやりを持ってはいけない)」などという解釈がまかり通っているとか言われます。
 半分都市伝説のような話ですがマジなようです。

 あの言葉はざっくり分けて二通りの意味があると思うんですが
 一つは一般的な
 「人に情けをかけておくと、相手からいつかお返しを受けたり、ほかの人からでも何か自分にいいことが帰ってくるから」
 というもの。
 なんだ、善意じゃなくて打算じゃん、と反抗期の子供だった私は思ったものです(笑)。

 しかし、長じて思うようになったもう一つのことは
 人は思うこと、言うこと、することで、リアルタイムに「自分」というものを「更新」している存在で
 誰かに善意を持つということは、先々何か見返りがあるなしに関わらず、その時点である意味十分「報われて」いるということ。
 悪を(他者に害意を)為す人は、罪に問われるとか罰せられるとか以前に、そもそもそのことが世間にバレるバレないに関わらず、その時点ですでに己を貶(おとし)めてネガティブな「報い」と言うか「結果」「報酬」を得ているということ。ケダモノのような人は、そのケダモノのようであるということ自体ですでに報いを受けているというわけです。
 そのことに気づいてから、社会秩序を維持するために必要な処罰などは別として、不善やそれを為す人に対して、過度に感情的になることがなくなりました。

 もう一つ付け加えるなら、善意や好意とは「報酬」を目当てに為すものではなく、報われているかどうか、などと言うのは本当は実はどうでもいい、あくまで途中の方便のようなものです。
 ただ小さな親切大きなお世話で、他者の迷惑になっていないかどうかのチェックは忘れないようにしないとなんですが(汗


 話は戻りますが
 以前、私の母があることで外科手術を受け、リハビリで何ヶ月も入院していたことがありました。
 最初は自分で食事も取れず、父が毎日病院に出向いて食べさせていたようです。
 けして夫婦仲の良い両親ではなく、むしろ気が合わない犬猿の仲に近い二人だったのですが、その辺はまじめで人のいい父の本領発揮で、最初は一日車でニ往復して欠かさず母の面倒を見ていました。隣の市の病院に移ってからもそれは変わらず、片道数十分の道を最後まで日参しました。
 母は昔からの色々で父に思うところもあったようですが、その甲斐甲斐しさに感激し、すべて「怨讐のかなた」になってしまったようです。
 おもしろかったのは、その思わぬ副作用で
 父の後頭部にあった白髪が、どうしたことか母が退院するころにはなくなってしまったそうです。
 
 まこと、情けは人のためならず、と思いました(笑
コメント
この記事へのコメント
人格
山本先生は成長してから、誰かが人に害意を向ければその時点で、ネガティブな報いを得ていると考えられたようですが。

私は子供の頃から似たように考えていましたね。(信じてもらえるかはわかりませんが)

醜い行いをした人間は、その時点で醜くなる。後から変わる可能性はあるでしょうけども。あまり、嫌なことばかりすると嫌な人間というような人格が固定するのではないか、と他人事ながら心配したりしましたね。

モノを盗られる(後で返しには来るのですが、持っていくときは我が物顔で盗る。そんな人がいた)ことも何度かあったのですが、物をとるということは、その物を持っていないということか、と考えて気の毒になったりしました。

後から考れば、そういうことをされたら指摘したり抵抗するのが真の親切だった、とは思いますが。当時は何も言う気になれなかった。

醜い行いをしたり、醜い表情をすれば、その時点でその人物は醜い人間になる。それを何度も繰り返すと、誰が考えても、嫌な人間の出来上がりになる。

すごい損ですよね…

逆に、いい行いをすればその人はその時点で、善い人間になるし、善い行いを何度も繰り返せば、大勢の人に認めてもらえるのじゃないかな。そういうことは子供というか10代半ばぐらいに考えていました。私は別にいい人間でもないですけど。

2009/10/21(水) 22:50:53 | URL | まえやま #-[ 編集]
ばれるかどうかは付録に過ぎない
>まえやまさま
 人間は常に自分の行為で自分というファイルを上書き更新してますんで、悪事がバレて罰せられるかどうかなどと言うのはオマケみたいなもので(無論犯罪者は適正に処罰されてしかるべきですが)、何かを思ったり言ったりなした時点でその結果を受けている存在ですね。
<それを何度も繰り返すと、誰が考えても、嫌な人間の出来上がりになる><まったくです。本当に大変なことだと思います。
 お若くしてそれに気づいていられたのは、素晴らしいことです。
 時効で逃げ切った犯罪者など、一部の人には得したみたいに思われてますが、私は全然うらやましくないです。
 むしろ償いの機会を逸した気の毒な人にさえ思えるくらいです。
2009/10/22(木) 03:32:53 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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