あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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『悩みを聴く技術-ディープ・リスニング入門』
『悩みを聴く技術』
 『悩みを聴く技術-ディープ・リスニング入門』
 ジェローム・リス・著/国永文子・訳/春秋社

 タイトルどおり、人の悩みの聴き方の本です。
 巻末の略歴によると、著者Jerome Lissは1938年生まれ。1964年アルバート・アインシュタイン医学校卒、医学博士、専攻は精神医学。
 だそうです。
 人の話を聴く方法については色々な人が色々な本を書いています。
 蛇足かも、知れませんが私が最後に読んだのは、数年前買った鈴木秀子・著『愛と癒しのコミュニオン』でした。
 同書は私には何か今ひとつピンとこない部分がありました。
 原則的には良いメソッドなのでしょうが、それでは救われないケースが少なくないと思われることと、著者の「信仰」によるバイアスが、「九仞の功を一簣に虧く(きゅうじんのこうをいっきにかく)」下りがあり、私にとっては残念な一冊でした(ファンの方にはお詫びします。あくまで私の感想です)。

 さて、この本『悩みを聞く技術』で語られるメソッドは、けして他ではお目にかからないようなオリジナリティあふれるものではなく、すでにある聴き法といくつかの共通点のあるものです。
 しかし、既成のその種のメソッドに「一手加え」てある部分が、私にはおおいにうなずけるもので、買ってよかったと思ったものです。

 まず著者は
 <この本の中では、悩んだり苦しんだりしている人の話に耳を傾ける方法を「ディープ・リスニング」と呼びます。苦しみや悩みを「わかちあう」ために話を聴く「ディープ・リスニング」は、その二人が大切な人間関係に入ることを意味しています>
 と言います。
 第一章Lesson1のタイトルは「聴くことは手伝うこと」。
 <ディープ・リスニングは援助術>であり<人々が自分が出会った困難や人生の悲劇をのりこえる、あるいは少しでもそれを軽くする手助けをするうえでの大切な道具になると思います。それは一生をとおして使える“普段使いの”援助の技術です>と言います。

 「聴き手」は「話し手」をせかざす<ギアを「ゆっくり」>シフトする。
 <聴き手は舞台にあがらない>
 <「私があなたの話に耳を傾けることは、あなたが何をすればいいかを考える手助けをすることです。あなたの人生が、あなた自身の人生であることを思い出し、人生でのできごとを自分で決めてゆく手伝いをします>
 <親が子供の話を聴く場合、とりわけ思春期の子供が相手のときには、相手を尊重するというこの姿勢が大きな力を持つことが、よくわかります>

 相手の心にあわてて踏み込まないで、相手の「許可を得て」少しずつ話を聴いていく。
 相手の話す内容を、いいとか悪いとか決め付けることなく、静かに聴いていく。
 まず「話し手」が安心できるスペースを作る。
 リス氏は「問題」と「感情」と「からだ」(悩みを持つ人のからだに現れる思い)という3つが鍵だと言います。
 Lesson02に「ダメージを与える12の聴き方」というのがあって、これもなかなか参考になります。

 しかし、私が同書で一番気に入ったのは最後の章
 Lesson07「聴くことをあきらめない」に収められている「メタコミュニケーション」というものです。
 ここから先はいささかネタバレですので、同書をご自分で読まれるまでは知りたくない方はとばしてください。
 相手の自主性を尊重して脇役に徹し、聴くことの大切さを説いたあとで、その聴き方、相手との話し方そのものを再検討する場合もあると言うのです。

<「メタコミュニケーション」は、「話の中身」ではなく、「話し方」「コミュニケーションのとり方」について話すコミュニケーションです>
<私たちはよかれと思って聞いているつもりなのに、思わぬ混線、脱線をして、後味の悪い思いをすることが少なくないでしょう。このような混線、脱線を修復し、「軌道修正」する道具に「メタコミュニケーション」があります。これは話し手、聴き手双方に役立つ基本的な道具のひとつです>

 たとえば

<あなたが話し終わるまで、何も言わずに聞いているほうがいいですか。あるいは何か思いついたり、違和感があったら口を挟んだほうがいいですか>

 と尋ねる。
 なんだそんなことかと思われるかもですが、相手の話に口を挟まないのが正しい聴き方だ、それこそが相手の自主性を尊重した建設的な聴き方だ、などと、教条主義的に思い込んでいる人は、こういう自由度がありません。
 それでは話し手がかえって傷つくとか、救われないという状況でも、自分のスタイルを変えず、相手が異議をとなえると、それを相手の未熟のせいにしたりして無視したりさえします。
 そんな傲慢で不毛な対話はいかがなものか。

<私には何も言わずに話を聞く傾向があります。でもそれだとあなたが不安になるということがあれば、あなたのタイミングで応答することもできると思います>
 あるいは
<話の途中で自分のコメントを挟むとか、質問をする癖があります。でも今あなたが話していることはとてもデリケートで、重要なことなので、腰を折らずに聴いて実際に起きたことを理解するほうがいいと思っています>

 というように、相手の好みに応じて変化を申し出る。また、悩みを話す話し手からも、同じように聴き手に対してリクエストを出す。
 正直言って私(山本)自身、こういう柔軟さに大変欠けるきらいがあり、この記事はそういう自分への自戒もこめて書いています。
 これはほんの手始めで、同書の最終章ではもう少しくわしく、その調整法が述べられています。

<メタコミュニケーションは、聴き手にとって、一つの試練でもあります。しっかり聴いてほしい話し手が、聴き手の「“まちがい”を訂正する」たびに、聴き手自身は「私はきちんと聴いていたのに」と心の中で思い、不快感を抱くかもしれません>

<ある意味では現状(今の話し方/聴き方)を「否定」するため、不快感を生じさせるかもしれません。また話すことも聞くことも、あまりにも「自然」なことに思えるので、それをわざわざ「バージョン・アップしよう」と呼びかけることは、「人為的」で「不自然」な感じがするでしょう。多くの人は「赤ん坊の頃からやっているのだから、今更変えられないよ」と思うかも知れません。
 けれどもメタコミュニケーションは、この私たちの現状を越えていこうという呼びかけです

<「話をよりよく進めるために、話し方について話しませんか」

 話の流れがうまく進まなくなったとき、メタコミュニケーションをとってみましょう>



 この本を読んだからと言って、あすから聴き方名人になったりするとは申しません(少なくとも私はそうでした)(笑)。
 ただ、コミュニケーションが不得手でなんとかしたいと悩む方に、けして無駄にはならない一冊だと思います。
 私がこれを買ったのは、半年以上も前です。
 ブログ記事にしようと書きかけて、下書きのままずいぶん放置してました。
 今回書上げるために久々に目を通して、改めて同書の意義を再確認しました。
 しばらく手元に置いて、読み直してみたく思います♪
コメント
この記事へのコメント
こんにちは
良い本をご紹介いただき、ありがとうございました。
早速、購入して読んでみようかなと思います。

私も、職場では数人の「部下」という立場の仲間を持っておりますが、彼らと接する日常の中で「コミュニケーションって難しい」とよく悩みます。
(いや、彼らも私も現在特に「心の病」を罹っているわけではありませんが。)

確かに、「本気で相手と接したい」時のコミュニケーションの仕方というのは、相手の存在と立場をどこまで自分の中で尊重できるかに尽きる、というのが実感です。
ただの会話ならまだしも、上司の立場で部下に「指導する」場合は特に気を使います。

このようなとき、相手の立場によって大きく分けて3つの接し方があるということも学びました。
1つは「ティーチング」と言い、(年齢は関係無く)業務未経験あるいはまだキャリアの浅い者に対する接し方で、いわゆる「手取り足取り」の指導の仕方です。
もう1つは「コーチング」と言い、ある程度キャリアを積んでいる者に対する接し方で、「ヒントを教えて、あとは自分で考えさせる」というやり方です。これをタイミング良く繰り返すことで、答えを出す「楽しさ」を自分の身にすり込んでもらうのです。
最後の1つは「同意」。キャリア豊富な者に対する接し方で、方針から外れていない限りは「細かいことは気にせず、信じて任せる」というやり方です。(これ、「押し付ける」とは意味が違います^^;)

どれも「相手の声に耳を傾ける」が第一歩なんですが、これを実践できるかというと、なかなか難しい・・・。「話し2割、聴き8割」に徹していられるかどうかですね。
こちらも日々是修行です。

ご紹介いただいた本を読んでみて、「聴き上手」に少しでも近づきたいと思います。
ありがとうございました。
2009/09/22(火) 10:07:22 | URL | にゃん #cwHBdaMk[ 編集]
おそれいります
>にゃんさま
 お元気ですか?
 管理職の方は大変ですよね(使われる立場の方もですが)。
 ティーチング、コーチング、同意ですか。
 なるほど♪
 打たれ弱い人増えてますから、気遣いも大変でしょうね。
 お役に立つことをお祈り申し上げます。
 ありがとうございました。
2009/09/22(火) 16:54:48 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
霊的な悩み
悩みを持たない人はいない、ということは宗教を名乗る集団が無数にあることで分かる。それらの集団はすべてが結果的に詐欺行為集団であるというのが、私の見解です。金銭とまったく無縁で集団の一員でいられるなら、構わないとも思うが、人のマインドは余りにも簡単に他者にコントロールされるものだから、相談する相手の選択は今、非常に難しいと思う。自信を常にセルフチェックし、常にフラットでいられる自信のあるひとなら、相談に乗り、少なくとも相談者を完全にがっかりさせることはないのでは。私たちがこの世に居られる時間は、たかだか100年ほどなのだから、(876,000時間)所詮、知識や経験もその程度なわけです。そのことを忘れずに、時間を過ごすことが大切かと思う。
2011/08/10(水) 18:55:57 | URL | 靖浩 #kUN1P6sc[ 編集]
基本的には自分が頼り
>靖浩さま
 コメントありがとうございます。
 宗教に関してはあまりにもピンキリで一括りには語れません。
 個人の信仰と宗教団体の組織的行動とは別物です。
 たとえば私は神仏は敬しますが特定の宗教組織に入信はしませんし、それは生涯変えないつもりです。
 それはさておき
「人のマインドは余りにも簡単に他者にコントロールされるものだから」というのはまことにそのとおりで、そういう意味でまず自己のマインドを客観視する(完全には無理でもある程度は可能)習性(技術と言ってもいいでしょう)を若い頃から身につけていくことが大事じゃないかと思っています。
 学校では難しい方程式を教えるより、そっちを教えたほうがいいんじゃないかとも思うんですが、そもそもそういう習性を身につけている先生自体が限られるでしょうから、現時点では難しいでしょう。
 唯物主義であろうと信仰があろうとなかろうと「知識や経験もその程度なわけです。そのことを忘れずに、時間を過ごすことが大切」というのは、まったく私も同感です。
 それを忘れて、自分を含め他者や世の中をジャッジメントし「判決」を下して回る人の多さが、この世の問題の根本原因ではないかと思っています。
2011/08/11(木) 05:44:38 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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