あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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「本当に運の好い人には自分の運の好さが判らない 」
ある知り合いの方が先日
「本当に運の好い人には自分の運の好さが判らない 」
と題したブログ記事を書いていられました。
 まったく同感なので、私も少々♪

 まず
 私は運のよい人間です。
 どかんと宝くじに当たったようなことはないですが(そもそも買わない)(笑)いろんな意味でよいと思います。
 人生を振り返ると苦労したこともいっぱいで、本当に苦しいときは、早く死ねたら幸せなのにと思ったことも何度もあります。
 でも

 私程度の才能で、30年以上マンガ家でいられる、それもマンガ以外の仕事をせずにそれだけでメシを食ってこられたということは、運がよいと言わずしてなんと言いましょう?
 世間の荒波を多少なりとも経験された方なら、お察しいただけると思います。
 私よりもっとうまい人、おもしろい人、で、消えていかれたマンガ家さんがたくさんいられます。
 私は自分の今日が正味実力であるなどとは思いません。
 無論いくばくかの才能を持ち、努力は欠かさず来ましたが、それが必ずしも報われるとは限らないのが人生です。

 昔、美術出版社の雑誌でマンガの描き方について連載していたころ、マンガ家であるには「才能」と「努力」と「運」が必要だと書いたように思うのですが、あれはかけねなしの本音です。たぶんどんな職業でもそうだろうと思いますが、芸能界ほどではないにせよ、マンガ界では「運」はサバイバルに欠かせない要素に思います。


 んで
 じゃあ、自分が運がよいかどうかどこで知るのか。
 それは難しいことです。明確な答えはありません。

 私の場合、何かどかんとすごいヒットに恵まれたとかいう経験はなく、仕事的にでっかい「当たりくじ」を当てたこともありません。
 でも、要所要所で生き延びるための仕事に恵まれ、人に恵まれ(読者の方々(ファンの方もアンチの方も)、編集さん、そして様々な形でお助けくださった方々)、これまで来れたと思います。本当に感謝しています。

 昔、ボディガード(我々が日ごろ目にする「ガードマン」ではありません、要人警護の「ボディガード」です)の方について話を聞かせていただいたとき、もっともクライアントに「ウケ」るのは二流の守り方をしたケースだということでした。
 たとえば、あるVIPをガードしている。
 本当に最高の守り方は、VIPに害をなそうとする敵を完全にシャットアウトし、寄せ付けもしません。間近に接近する前に把握し、排除します(ちなみに映画やドラマのように、たった一人でガードすることはまずありえないようです。必ず複数のチームで守る。それはそうでしょう。一日中一人で守るなら、自分の都合ではトイレも行けず、オムツをして暮らす羽目になります)。
 しかしそれができなかった場合、敵をそばまで近づけてしまう。
 VIPの目の前で襲い掛かってきた暴漢などと格闘して取り押さえたりする。
 するとVIPとしては、ボディガードの強いところを実際に体感し、ああ、このボディガードは優秀だと思ってしまう。
 もっと遠くで敵を排除し、何事も無くVIPを移動させた最上のケースより、一段落ちる方を優秀だと勘違いしてしまう。
 そんな話でした。


 人間と言うのはえてしてそういうもので
 あらゆる致命的苦難が運よく事前に排除され、日々平安に暮らしていることよりも、事故で重症を負ったり愛する人が亡くなったりしてもそこそこ世間的に「成功」してる人生の方が、運がよく恵まれた人生だと思ってしまいがちです。

 無論中には、オレは手足の一本や二本引き換えにしても財産が欲しいとか言われる方もおいででしょう。

 ただ目先の欲望を満たすことと、人生をあとから振り返って本当にあれが自分の望んでいた幸せだと納得できるものは、往々にして異なります。
 ときには苦難もまた天の恵みであり、貴重な学びや成長をもたらすものです(最終的には死さえも)。
 ですから、何が運で何が不運か、何が幸せで何が不幸か、軽々しくは判断できません。
 自分の人生がどれほどの運に守られたものであったかは、人生が終わるまで判断できないことかもしれません。

 きょうも良き日を。
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