あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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「絶望的な人はひとりもいない」
ニサルガダッタ・マハラジ模写
 久々に「好きなことば」です。
 毎度おなじみインドの覚者ニサルガダッタ・マハラジの言葉から。

質問者 いくつかの絶望的な場合もありうるのでしょうか?
 マハラジ 絶望的な人はひとりもいない。障害は乗り越えられるものだ。
       生が修繕しなければ、死が終焉させるであろう>

 いつも明るく前向きなマハラジおじさんですが、甘いことは言いません。ある意味ハードボイルドと言ってもいいでしょう。
 「絶望的な人はひとりもいない」
 でも、なにかのご利益とかお気楽な幸せを約束したりはしません。
 「生が修繕しなければ、死が終焉させるであろう」
 うんうんそうだよね♪
 こういうキレのいい台詞、書いてみたいものです。

  参考文献
『アイ・アム・ザット 私は在る』
 (モーリス・フリードマン/スダカール・S・ディクシット/翻訳・福間巌/ナチュラルスピリット・刊)


追記
 誤解を招くといけないので補足しますが
 けして自殺のススメではありません。
 マハラジさんはヒンズー文化圏の人なので、愚かな死(自殺)は愚かな再誕生を意味するだけだ、というようなことを言っています。
 究極行ってしまえば、そういうぐるぐるもひとつの幻だと言ってますが、そう見切れない人が自殺するわけで、見切れない限りはぐるぐるから抜けられないというわけです。
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