あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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デジタルコミックへの偏見
『戦闘女神アヌンガ』20話13ページより
『戦闘女神アヌンガ』19話2ページより
 コンピューターを使ってマンガを描くデジタルコミックへの偏見がいまだにあります。
 けっこう根深い、一種のデマに近いものなのですが

 「コンピューターを使うとみんな同じ絵になる」

 という。

 ・・・・・・・・・。

 その理屈だと、私と同じマシンを買えば誰でも同じ絵が描けるわけですよね。
 描いてもらおうじゃないですか(笑

 私もKT先生と同じマシンを買えば同じ絵が描けるようになるでしょうか。ならないと思います。

 誰が描いても同じ絵になるのは、まったく絵の才能がなく、PCの作画ソフトの機能に頼る以外すべのない、ズブの素人の方であって、いやそれでさえ、どの画面でどのツールを選ぶかなど様々な局面でセンスの差が出て、けして同じ絵にはなりません。
 ましてやプロのマンガ家になりかけていたり、すでにプロになっている方が、同じ絵になることなどありえないと言ってもいいでしょう。

 この種の偏見は、私などよりずっと若い作家さんの中にもあって、パーティなどで会って話すと驚かされることがあります。
 一種の食わず嫌いというやつです。
 なまじアナログ手描きで何年もやってきた方が、何か自分の長年の積み重ねを否定されるような反発を感じて、毛嫌いなさっていられることもあるように思います。

 実情は私などより年配の、いわゆる大家と呼ばれるような方々の方が、ずっと高度で進んだシステムを導入なさっておいでです。先日も某有名少女マンガ家の大先生がフルデジタル化に踏み切られました。

 パソコンはあくまでスクリーントーンなどと同じ一種のツールに過ぎません(って十年以上昔からいろんな方が言ってこられてますが)。
 自分のセンスや才能を活かす道具の一つです。
 マンガ界や、そのアシスタント状況は今後も厳しいものがあり、以前のように人海戦術に頼って執筆が出来るのは一握りの恵まれた裕福な作家に限られていくように思います。
 一人でもこつこつと続けるための、執筆介護?の道具として
 パソコンは必要なものと思われます。

 いささか初期投資と維持に費用はかかりますが
 安心してチャレンジされることを、若い方にもお勧めします。
 才能さえあれば、けして同じ絵になったりはしません。
 万一他人と同じ絵しか描けなかったときは、アナログであっても才能がないということです。
 自分の技術がないのを棚に上げ、パソコンで底上げされた技術を自分の腕だと勘違いするケースもあるかもですが、それもまた一種の才能のなさですから、自然淘汰されていくでしょう。

 そういえば先日、修正液のミスノンを作っていた会社の倒産ニュースがありました。
 アナログの画材も時の流れには勝てないようです。

 私が近未来武術マンガ『セイバーキャッツ』を描いていた1990年代初頭には、ケータイ電話が今日のように普及する世界というのは予想もつきませんでした。作中の登場人物は、ブレードランナー的な未来世界にありながら、公衆電話で会話しています(笑)。

 今から五年後十年後、マンガ界がどのようになっているかは想像もつきませんが、デジタル化が後退することはないと思われます(するとすれば、わが国の文明レベルが後退するような想像を超えた大激変、ディストピア化があった場合だけでしょう)。
 現時点でも、もはや原稿の受け渡しは生原稿でなくデータで行っている作家さんも少なくなく、私もCDやDVD等のメディアに入れて送ったり、ネット経由で送信したりします。
 ついでに言うと、万一PCが故障して間に合わない際は、長年培ったアナログ技術がありますので、即座に切り替えて手描き原稿を宅急便で送ります。

 そもそも宅急便で原稿の受け渡しをするということ自体、近年になって普及したシステムで
 私がデビューしたころは、担当さんがわざわざ家まで取りに来られたり、駆け出しのころは自分で編集部まで持参したものでした。
 自分の記憶では、今の形(担当さん、あるいはその代理の方に手渡しせず、宅配便で送る)が定着し始めたのは、2000年以降のように思うのですが、編集部や作家さんによっては、もっと以前から行われていたと思われます。
 地方在住の作家さんは(有名なところでは鳥山明先生など)ずっと昔からそうでした。


 少し横道にそれましたが、
 デジコミ普及は時代の流れであり、なんら敬遠すべきものではありません。
 アナログが好きな方はその道を貫かれるのもいいですし、そこは完全に「好み」で自由だと思います。
 ただ、従来のようなアナログ執筆を続けることが困難になってきている状況で、何か食わず嫌いの偏見から足踏みしておいでの方には、その偏見をとりのぞき、安心してトライされることをお勧めするものです。
 こんなことは、すでにたくさんの先達がおしゃっておいでですが、いまだに無くならない根強い偏見を見聞きして
 一人執筆体制の中年漫画家から、老婆心の提言でした。ではでは;


追記
 誤解されるといけないので、念のため
 けしてデジタル礼賛ではありません。デジタル否定の偏見にひとことフォローを入れたかっただけです。
 人はそれぞれ自分の好む道を歩めばいいもので、他者の道を否定するのは越権行為です。
 私のはデジタルと言っても、輪郭や一部の影は手描きのアナログで、フルデジタルではありません。
 新旧よいところを使い分けて、クオリティアップとコストダウン、効率化を図るものです。
 あまったエネルギーは、おもしろい作品を作ることに振り分ける。
 
 昔、デジタル黎明期には、マシンとソフトを使いこなすのではなく、マシンとソフトに「使われて」同じような灰色の「眠い画面」と言われる作風に陥っておいでの作家さんが複数見受けられましたが、もはやそういう時代でもないと思うものです。
コメント
この記事へのコメント
ども~
先生、こんにちは~

私が生きている業界でも、同種のデマ(というか、トンデモな勘違い)があります。それは・・・
「シミュレーションを綿密に行えば、開発試験は必要ない」
・・・こんなことを言う技術者がたまにおります。
私に言わせれば
 「神にでもなった気か」
ですね。
人の考えなど浅はかで、この世のすべてを網羅できているなどと考えないことです。
だからこそ、最後には自然の摂理に身をゆだねて、答え合わせの意味を込めて実験を行うんですね。

話が思いっきり逸れました。すみません。
きっと、コンピューターで絵を描く場合、人が操作することによって発生する「曖昧さ」の部分が、いわゆる「味」であり「作風」なんだと勝手に思っています。コンピューターなど道具にすぎず、操作する人の技量がストレートに出てしまうと思います。
玄人が描く絵を、アナログであろうがデジタルだろうが、素人が真似できるわけがない。それこそが玄人が玄人たる所以であり、人間漫画家が命を削って体得した技なのでしょうから。

>この種の偏見は、私などよりずっと若い作家さんの中にもあって、パーティなどで会って話すと驚かされることがあります。

要は、この方々はまだプロじゃないってことですね。道具にこだわるのがプロなのではなく、プロが技にこだわった結果として道具が洗練される、というのがどの技術業界でもまっとうな姿ですから。道具に使われちゃいけません。

先生とは違う異業界ではありますが、私も技術で飯を食っていることには違いないので、一家言を述べさせていただきました。すみません。
2009/03/06(金) 23:49:17 | URL | にゃん #cwHBdaMk[ 編集]
一生の間に可能な計算回数を・・・
v-63

先生の場合は画像データでございます。

私の場合は、現場で採取したデータです。
約2年前は電卓で簡単な計算をしていましたが、最近はエクセルワークシート4枚分の列を使用した計算でデータ処理してございます。

もし手計算でもしようものなら一体どのくらいかかることやら。

試行錯誤でワークシートはさらに深化しております。4年前には関数式を本で引きながら意味を確認してちまちまとやっていたことが今では、ずっと素早く式を組めてます。

始める時は何でも大変。一つのことが理解に至らず随分出来ない時間を過ごすもの。途中で挫折するかもとの考えだってよぎります。こんな無駄な時間をすごしていいのか?もっと成果を上げなくていいのか?そんな自問自答をしながらも式を組んだワークシートは、随分沢山の計算をしてくれるようになりました。

今に至ったのは情熱があったからかと。
目的のためには、様々な手段を!敷居は焼き尽くす様な心の熱量で乗り越えたいものです。v-42
2009/03/07(土) 00:24:36 | URL | やすやす #-[ 編集]
『阪神優勝』?
〉漫画をPCを使ってデジタルで描く
という行為に特許を取った人がいるようで、その人がホームページで「PCで(デジタルで)漫画を描くなら特許料を払え、さもなくば犯罪」と書いてるようです

『阪神優勝』を特許にした人を思い出しました




http://blog.livedoor.jp/tokyokitty_seed_destiny/archives/51558507.html

2009/03/07(土) 01:11:58 | URL | 厨 #vXeIqmFk[ 編集]
コメントありがとうございます
>にゃんさま
 人の考えなど浅はかで、この世のすべてを網羅できているなどと考えないこと<まったくです。
 実地で試すと何かと思わぬ不具合が出るものですよね。
 道具に使われちゃいけません<そうなんですよ。使われる人はその程度の人だということです。馬を乗りこなす人と乗りこなせない人みたいなもので。
 共感いただきありがとうございます。

>やすやすさま
 情熱は多くの壁を越えさせてくれますね。
 私も今日あるのはそのおかげです♪
 煩悩は世の中のために活かせという話もありますし(笑

>厨さま
 あ、その人(デジタル漫画)の話風のたよりに聞いたことがあります(笑)
 阪神優勝を登録しようとはすごいですねえ;
 武術の世界にも似たような話がありまして
 ある流派のある先生が、その流派で最強でもなんでもないのに、流派の名前を登録しちゃって、自分とこが独占みたいなことを言い出したとか。その後どうなったかは存じませんが、なんだかなあな話です。
2009/03/07(土) 14:25:54 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
漫画のデジタル化は、ひところ物議をかもしていた「原画流失」問題を、根底から消失させてしまう素晴らしい方法です。

すでに多くの漫画家さんが取り入れているのに、なんだかんだと理由をつけて「食わず嫌い」をしている方は、有名無名に関わらず同じ轍を踏みます。

その時騒いでも「デジタル化しておけばよかったのに・・・」と、言われるのがオチでしょう。
2009/03/08(日) 00:06:39 | URL | ぬうぼマン #x9c5GV3o[ 編集]
それなんです♪
>ぬうぼマンさま
 原画流出問題解決<それなんですよ。
 私は以前からデジタル仕上げに移行してましたんで、何年も前から編集さんにお渡しした原稿は「原画」ではなくなってました。
 そもそも「完成原稿」というものは電子情報としてしか存在してないんです。
 ある意味で音楽のアルバムのデジタル原盤みたいなもんですね。いくらでも複製可能で、紛失しても(コピーである限り)かまわない。
 昨年の某社の原画紛失騒ぎのときは、へたに言うと某マンガ家さんのアンチと誤解を受けかねないので黙っていました(あの作家さんの場合、本当の「原画」をなくされたわけですから、ぜんぜん意味が違います)。
 デジタルの場合、その点とても安心ですね♪
2009/03/08(日) 03:27:30 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
品切れや売り切れがなくなる
週刊漫画誌もダウンロード販売できれば、売り切れることがないので、消費者と出版社と漫画家に大きなメリットがある。困るのは小売店と物流。

紙の雑誌とダウンロード雑誌両方あれば、特定の雑誌の総読者数は増えるでしょうね。新聞だともうオンライン紙があるのだから、雑誌も出来るでしょうね。

紙の雑誌がなくなれば紙資源の節約になるし倉庫代も節約できるので、将来は紙の雑誌は大幅に減るかもしれないですね。

デジタルコミックの話に戻りますが、デジタルコミックは嵩張らないので、好きなだけ手元にデータとしておいておける。HDの容量の問題はありますが、将来はHDその他の記憶媒体の容量は上がっていくはず。紙の漫画だと普通の人は部屋に置けるのはせいぜい200冊とか300冊ぐらいじゃないかな。漫画以外の本も必要だし。(私は200冊ぐらいは漫画を持っていたが、ほぼ処分した)これがデジタルコミックなら、容量が許す限りいくらでも保存できるし、捨てる面倒もない。

問題は著作者と出版社がうまく利益を上げられるか、それだけでしょうね。データと著作権の問題は難しいので何も書けませんが。
2009/03/17(火) 20:26:28 | URL | まえやま #-[ 編集]
まだまだ試行錯誤中の・・・
>まえやまさま
 デジタルはまだ模索中、試行錯誤中のジャンルですから、きっと思わぬ問題点も出てくるのだろうと思います。
 ただ、ガソリンエンジンから蒸気機関に戻れないように、もはや後退はありえないものになったと思いますし
 今後の発展を見守って、いや外野ではなく自分も参加しつつ見守っていきます。
2009/03/18(水) 08:45:38 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
デジタルの利点欠点
あたりまえのことを当たり前と思いつつも再考です。

デジタルデータは保存に便利なんですが、再生用の機器を必要とするので普段気軽に手に取って見ることが苦手です。再生機器は厳しい環境下で破損などの危険があります。壊れると総てを失う危険性は書籍に比べ高いです。書籍自体にメモとかする時にデジタルデータはまだ多少不便かも。

紙媒体は手軽で壊れず安い。書籍のあるものは常に目に触れる場所にあって生きることもあり、そういうものにはデジタルデータは適しません。

雑誌などの項目ごとに読みたいものはデジタルデータになれば便利といえば便利です。ネット上の週刊誌とか一時利用してましたよ。

今考えて見ますとデジタルデータの選択性の高さは選択してもらえる文書はいいが選択性の低いものは淘汰される方向への力が働きます。これは多様性の欠落につながります。稼ぎ頭にぶら下がって見える一見無駄な感じのものも目に見えない役割を担っていたりするものです。

電子機器が発展して紙媒体が減った様にもおもえないのは多くの人が持つ実感でしょう。耐用年数のある高価な再生機器より再生産可能な紙の方が長い目では環境対策だったなどと後世の人に言われる可能性もあります。デジタルデータは閲覧に電気を消費します。紙は作られた後はエネルギーを消費しない。やはり環境対策は総合的企画力であります。

インターネット等での調べ事はとても便利でよく利用します。デジタル媒体が無ければ今の私の世界への理解はもっと遅かった。辿り着けないことももっと多かったでしょう。

こうならもっと便利でしょうと言う発想よりこんな生活にこういう形態が必要と言う視点からデジタルデータも見て行きたいです。

v-107
2009/03/18(水) 09:42:54 | URL | やすやす #-[ 編集]
ともに長短
>やすやすさま
 個人的には書籍は紙で読む派ですよ。
 それぞれに一長一短ありますし、状況に応じて使い分けていきたいですね♪
 しらべものの便利さはネットさまさまです。
 つっこんで調べようとするとその向こうにいかないとなりませんが、最初の手がかりには最高ですね。
2009/03/19(木) 10:26:10 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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