あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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思いやり小考
 思いやりとは何かということを、考えさせられることがあります。
 犯罪報道とそれに関連した人々の声。
 犯罪者の権利ばかり守られて被害者のフォローがいい加減にされる世の中への憤りとか、色々あるのはわかります。
 理不尽な目に逢われた被害者、あるいはそのお身内の方々が、嘆き怒り、我を忘れられるのは当然なのですが、問題なのは外野の無関係な人々で(厳密にはこの世はすべて関連があるので「無関係」ということは言えないんですが、そういう視点の話ではなく)
 ただ尻馬に乗って騒ぎたいだけとしか思えない方々も、よく見かけます。
 持って回った話をするより、この件について、非常にうまいこと言った友人がいるので、彼の言葉を引用します。

 私のサイト
「あつじ屋」
 の「雑文」コーナーで昔、「戦えX君」という記事をいくつか書きましたが、X君というのは私の昔のアシスタントさんで、空手の心得があり、心優しき正義感です(今は青年でなく、すでにおっさんですが)(笑)。
 困っている人や不正、弱い者いじめなどを見ると、積極的に助ける人でした。
 彼が、その種の問題についてこんなことを言ったことがあります。

 「自分も自分の恋人とか肉親とか、愛する人が殺されたり、ひどい目に逢えば、逆上してまともな精神状態ではいられないでしょう。何を言うか(加害者への復讐を含め)どんなことをするかわからない。
 でも、被害者の気持ちを考えるということと、部外者がいっしょになって、ふつうの精神状態でいられない被害者、当事者と同じような精神状態になるのは、別だと思います。
 よく、自分がそんな目にあったら、そんなキレイゴトは言えないはずだとか言う人がいますが、そりゃそうです。その時は自分も自分をを見失うでしょうから。
 だからと言って、部外者が同じように自分を見失った言動をして、どうするんでしょうか」

 まったくそのとおりで。
 思いやりや、その人の心情に共感すると言うことと、怒りや悲しみに我を忘れている人とイコールになることは別のことです。
 哀しみ怒りの真っ只中にいられる当事者(被害者やそのお身内)の方に、正論を吐いても届かない、今はそういう時期ではないということはあります。ものごとにはTPOというものがあります。
 が
 部外者は別。

 誰の言葉だったか忘れましたが、自分が不幸な人と身も心も同じようになるというのは、思いやりでもなんでもない、ただこの世に同じような不幸な人がもう一人増えるだけだ、というのがありました。まったくそうだと思います。
 本当の愛情や思いやりは、傷ついた人がどうすれば癒され幸せになれるか、その方向に向かって手助けすることで、心身ともに同じ状態になることではないでしょう。
 私は誰にもそういうことを望みませんし、誰かから望まれてもそういう要求には応えられません。
 とりわけ、傷ついた人が憎んでいる相手を、いっしょになって憎んだり罵倒したりするという「敵を共有する」形での共感はいっさいできません(この辺の気持ちは、以前アップしました祖母の話「アガペー/お婆ちゃんの愛」をお読みいただければ、なんとなくご理解いただけるかと思います。自分の息子を殺した相手も憎まない。その上誰を憎み誰を敵にしろと誰が言えるのでしょうか)。
 世の中には反省も良心もない危険な犯罪者も確かに存在しますし、そういう人間を人権の名の下に無罪にし、世の中に出していいとは思いません。社会の安全は保たれるべきですし、更生不能な人物は適正に処理されるべきだと思います。ただ、それと、そういう人物を敵視することはまた別のことです。
 ゆるすことや敵視しないことと、見てみぬふりをして野放しにすることは、まったく別であるというのは、誤解のないようくり返し申し上げておきたいと思います。

 話を聞くことは大切です。
 とりわけ男性は、人から悩みを打ち明けられると、話を聞いて共感することよりも、つい性急に問題解決の答えを語ろうとしがちだと言いますが、答えが欲しいのではなくて話を聞いて欲しいだけの相手には、かえって不快な思いをさせたりもするようです(私も何度か失敗した覚えがあります。逆にそういう思いをさせられたこともあります)。
 ただ「思いやり」とネガティブな一体感、共振は別物で、後者は自分も人も世界もけして豊かにも幸せにもしないと思うものです。

 自分だって、同じような目に逢えば、キレイゴトは言ってられない、どうなるかわからない。
 でも、いっしょになって取り乱してくれとはけして他人に願わない、そういうこともしたくない、というX君の姿勢に
 いたく感銘、共感したものでした。
 以下同文と私も思います。

 痛みや苦しみの拡大再生産ではなく、本当の意味での癒しと解消を模索したいと、いつも思っています。
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