あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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『青春少年マガジン1978~1983』
『青春少年マガジン1978~1983』
『青春少年マガジン1978~1983』小林まこと・著/講談社

 2008年11月7日の日記でも取り上げました、マンガ家小林まこと先生の自伝的作品です。
 暮れに購入し、仕事の合間に手に取ったら、あっと言う間に引き込まれて全部読み終えてしまいました(巻末の付録はまだですが本編は読了)。

 すごいです。
 全盛期の少年マンガをささえたトップのマンガ家がどんな修羅場、地獄を生き抜いてきたか、その片鱗が垣間見えます。片鱗だけでもすごいです。私のようなヘタレマンガ家とは(当然ですが)次元が違います。
 マンガ家というと、色々世間では誤解がまかり通っていて、実際以上に気の毒な商売と思っておいでの方から、実際以上に気楽で甘い汁を吸ってやがる商売だとお思いの方まで、実に様々ですが
 そういう方に、その実情の断片なりともご理解いただく資料にもなるかと思います。
 気楽にうまいことやって甘い汁が吸えるほど、甘い世界ではありません(一瞬宝くじに当たったように、そういう「瞬間」がある作家も中にはおいででしょうが、それはあっと言う間に消える泡沫社長みたいなものだと思います)。

 私もこれでも30年、それなりに苦労も辛酸も味わってきたつもりですが、次に眠れるのは5日後だななどという地獄は味わったことはありません。

 以前の日記でも書いたかもですが、小林先生のデビューされたのは私と同じ1978年でした。
 100万円の賞金を取った作家ということもあり、うらやましいなあと誌面を眺めた覚えがあります(笑)。いや、それだけのものをもらって当然の実力差がありましたから、何も私ごときがうらやむ資格はないんですが、当時十代の小僧だった私はそう思うしかありませんでした。
 当時の100万円というと、貧乏学生には夢のような金額でした(あ、今でもか)(笑)。

 この本で語られる小林先生の青春時代は、そのまま日本マンガ界の全盛期、ローマ帝国華やかなりしころという感じです。ローマに例えるならば、今はかつての帝国の栄光は過ぎ去り、東西ローマに分裂したたそがれの時代でしょうか。いや、ローマは東ローマ、神聖ローマではなく西ローマ帝国で終わりであるという説もあり、そういう意味ではすでに終わっている(か、終わりつつある)のかも知れません。
 昨2008年から、その流れは顕著になり(世間的にはまだ知られていませんが、業界内部でははっきりとしています)、今年はもっと明確な形をとっていくと思われます。もっとも、マンガ界は逆に、分裂ではなく統合(複数の会社が生き残りをかけて)の時代に差し掛かっているとも言えますけど。

 ただ、一つだけ確かなのは、娯楽というものが多様化し、若い読者の意識が変わってしまった21世紀の今日、かつてのような栄光の日々が復活することはおそらくないということです。

 かつてテレビが普及する以前、日本映画にも栄光の時代がありました(私は物心ついてなくて実体験はありません)。作れば売れるという時代がありました。無論その中にもヒットと不入りの違いはあったわけですが、それでも「景気の良かった時代」でした。今となっては夢のような話ですが、小林先生の語られる1978~1983年のマンガ界は、ちょうどそんな頃だったように思います(無論小林先生は、その粗製濫造組ではなく、傑作を生み出した上澄みの方々なわけですが)。

 ケータイやオンラインゲーム(無料の!)の普及によって、子どもたちは、昔のように少年少女マンガに血道を上げることはなくなりました。とりわけ無料オンラインゲーム(無料なのは入り口だけであって、一度入ってしまえばアバターその他の関連でいくらでも金は必要なシステムになっているようですが)や、ネットのおかげで、娯楽や情報に代価を払うという意識が薄くなってきていると聞きます。
 何やら、有料の映画が無料のテレビにとって代わられた、昭和30年代を思い浮かべます。
 それはある種の産業革命に匹敵する効果を生むものだと思います(ポジティブな効果にせよネガティブな効果にせよ)。
 本当は真に価値ある情報を得るには、今も変わらず代価が必要なのですが、そこまで突っ込んで考える人は少数なのかも知れません。

 私は、おかげさまで昨年よりケータイ配信のマンガを描かせていただいております。
 まだまだマンガの媒体としては過渡期であり、試行錯誤の最中ですが、ケータイが廃れることは当面ありえないと思われ、今後のマンガの普及には欠かせないものだと思われます。

 いずれこの激動?の時代も、笑って語られる昔話になるのでしょうが
 その時誰がどうなっているのか
 どこでどうしているのかは、すべては神の味噌汁です。
 せいぜいサバイバりたいと思います。

 話がいささか横道にそれましたが
 傑作『青春少年マガジン1978~1983』小林まこと・著/講談社
 を、どうかよろしくお願いします♪
コメント
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2009/01/03(土) 20:26:05 | | #[ 編集]
私もそう思います
コメントありがとうございます。私もまだまだ変化しながらマンガは生き延びていくと思います。もはや昔日の隆盛はありませんが、急激に消滅したりはしないでしょう。機会ある限り、読者の方々のお気晴らしのお手伝いができればと思っております♪がんばります。
2009/01/04(日) 00:53:34 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
漫画は好きです
近年勉強することが多すぎです。
頭やすめに漫画を・・・・。

なんて実のところ全く思いません。
絵のうまい下手ってのも漫画を選択する時に考慮する点といえばそうなんですが、それよりも書き手の表現したいことが伝わってくる作品が好きです。

創作の世界はなんでもあり。作家は神。
その世界で作家は何を読者の前で繰り広げて見せるのか?

ええっ。多少の突っ込みどころなんか目をつぶって見なかったことにしますとも。それより作家の方が研ぎ澄ました芸の一太刀を見たくて時間とかお金とか使っているんです。

若いころは、一瞬でも気に入った場面があると買ってましたね。いやあ。今思うと随分放蕩買いしてました。浅く広くは悪くないと思いますよ。玉石混交。

今と昔で作品の傾向に違いがあると思うとこは、今は読者におもねた作風が多い様に思います。まあ、当たり障り無いっていうか、空想して気持ちよくなって終わりみたいな。作り手頑張れ。売りに走りすぎるな。





何のために物語を読むのか?・・・・よくよく思ってみると「あれっ?」て思いますね。




人はパンのみに生きるにあらず。




心も食うんですよ。他の心を。だから偏食は良くないってことで。
漫画はさしずめ軽食です。ふぁすとフード漫画ばかりじゃなくてスローフード漫画もってこと。
幅広く色々な作品が生きていける世であって欲しいです。
2009/01/06(火) 01:29:48 | URL | やすやす #-[ 編集]
同感です
>やすやすさま
 ファストフードマンガもスローフードマンガも共存できる環境が維持できるといいんですが
 なんだか氷河が溶け落ちてる極地みたいになってきてますから
 ベストを尽くしていきたいと思います。
2009/01/06(火) 14:18:55 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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