最近の日記、ゆるすこととか心をコントロールすること(感情にふりまわされない)について、お読みくださった方のコメントで
「言ってることはわかるけど、自分にはとてもできない。自分はダメだ」
という意味のものがありまして
お、お気持ちはわかりますが、どうか早まらないでくださいと申し上げたくキーに向かいました。
自分で自分の未来を決め付けて「ダメだ」とか「死ぬまで〜〜だ」とか、どうかおっしゃらないでください。
それは自分で自分に「呪い」をかけるようなものです。
たとえ勘違いのウソでも、毎日毎日そう思って生きていると、潜在意識に刷り込まれ、ウソがホントに思えてきます。
心が萎縮して、自分にブレーキをかけ、自分で自分を檻に入れます。
「なんでもできる」とは言わないでください。人間ですから。
「絶対できない」とも言わないでください。人間ですから。
できるかできないかは、自分で生きてみることでしか結論は出ません。
誰がなんと言おうと、それしかないです。
ちなみに
人が自分で自分に「呪い」をかけるようになるきっかけの最たるものが
他人からかけられた言葉や仕打ちです。
親からおまえはダメだダメだと言われて育った子どもが、自分はそうなんだと思い込んでしまうとか、クラスメートから人格を否定され続けて「自分なんかこの世にいない方がいいんだ」と思い込んでしまう人とか。
子どものころは、冷静で論理的な思考のシステムができていませんから、親や友人、世間の評価が絶対的だと思うのは無理ありませんが、そのうち、それがウソであることに気がつきます。
一つの例は、第二次大戦の終わりと同時に、戦争万歳だったオトナの多くが、平和と民主主義サイコーに一夜にして宗旨替えしたことなど、そのいい例でしょう(そういうオトナを見て人生観が変わったという人、あの時代には少なくないようです)。
人は他人からどんなひどい決めつけを受けても、最終的に自分が同意しない限り、それは効果がありません。
「おまえなんかゴミだ」
と言われて、この人はなにを言っているのかな、どうも機嫌が悪いらしいな、と思うか
そうかオレはゴミなのかと思うか
「同意する書類」に「ハンコを押す」のは自分自身です。どうか「ハンコを押さないで」ください。
あなたの前に、誰かが現れて
「あなたは死ぬまで〜〜でしょう」
などと言い出したら、インチキ預言者か頭のおかしい人だと思うでしょう(まあ、そう思って、だいたい間違いないと思いますが)。だから同じことを自分で自分になさらないでください。
一寸先は闇
かも知れないし
一寸先は光
かもしれない。
人にはわからない未来のことを、神でも預言者でもない人が決め付けない方がいいと思います(だから私も決め付けません)。いや、たとえあなたの前に、自分は神だとか預言者だとか言う人が現れたとしても、その人の言うことを信じるかどうか、受け入れるかどうか、最終責任はあなたにあります。
私は私の名において私の自己責任で判断し決定します。うかつに「ハンコは押しません」。
あなたがどこまで行けるか、どれほどの力を可能性を秘めた方か、あなたにも誰にもわかりません。
結論は死ぬときまでわかりません。
よく言われる「一生懸命願えばなんでもかなう」とかいった、空手形は申しません。
人には確かに限界があって、身長が足りなくて新弟子検査にパスしないとか、そういう「できないこと」はあります。
でも心の可能性は、深海や宇宙と同じように、まったく未知の部分が大半です。
限界がどこにあったか、証明するのは自分の人生だけです。
どうか自分に「呪い」をかけず、もし過去にかけていたら「ちゃら」にする方向で、過去など気にせず進んでください。
どうしてもやりたいのなら
「呪い」ではなく「祝福」を!
笑う人もいるでしょう。無理だと言う人もいるでしょう。私もずいぶん言われてきました。
でも自分の思う道を行くだけです。
行ってください。
誰かの思うことでなく、あなたの思う人生を。
「言ってることはわかるけど、自分にはとてもできない。自分はダメだ」
という意味のものがありまして
お、お気持ちはわかりますが、どうか早まらないでくださいと申し上げたくキーに向かいました。
自分で自分の未来を決め付けて「ダメだ」とか「死ぬまで〜〜だ」とか、どうかおっしゃらないでください。
それは自分で自分に「呪い」をかけるようなものです。
たとえ勘違いのウソでも、毎日毎日そう思って生きていると、潜在意識に刷り込まれ、ウソがホントに思えてきます。
心が萎縮して、自分にブレーキをかけ、自分で自分を檻に入れます。
「なんでもできる」とは言わないでください。人間ですから。
「絶対できない」とも言わないでください。人間ですから。
できるかできないかは、自分で生きてみることでしか結論は出ません。
誰がなんと言おうと、それしかないです。
ちなみに
人が自分で自分に「呪い」をかけるようになるきっかけの最たるものが
他人からかけられた言葉や仕打ちです。
親からおまえはダメだダメだと言われて育った子どもが、自分はそうなんだと思い込んでしまうとか、クラスメートから人格を否定され続けて「自分なんかこの世にいない方がいいんだ」と思い込んでしまう人とか。
子どものころは、冷静で論理的な思考のシステムができていませんから、親や友人、世間の評価が絶対的だと思うのは無理ありませんが、そのうち、それがウソであることに気がつきます。
一つの例は、第二次大戦の終わりと同時に、戦争万歳だったオトナの多くが、平和と民主主義サイコーに一夜にして宗旨替えしたことなど、そのいい例でしょう(そういうオトナを見て人生観が変わったという人、あの時代には少なくないようです)。
人は他人からどんなひどい決めつけを受けても、最終的に自分が同意しない限り、それは効果がありません。
「おまえなんかゴミだ」
と言われて、この人はなにを言っているのかな、どうも機嫌が悪いらしいな、と思うか
そうかオレはゴミなのかと思うか
「同意する書類」に「ハンコを押す」のは自分自身です。どうか「ハンコを押さないで」ください。
あなたの前に、誰かが現れて
「あなたは死ぬまで〜〜でしょう」
などと言い出したら、インチキ預言者か頭のおかしい人だと思うでしょう(まあ、そう思って、だいたい間違いないと思いますが)。だから同じことを自分で自分になさらないでください。
一寸先は闇
かも知れないし
一寸先は光
かもしれない。
人にはわからない未来のことを、神でも預言者でもない人が決め付けない方がいいと思います(だから私も決め付けません)。いや、たとえあなたの前に、自分は神だとか預言者だとか言う人が現れたとしても、その人の言うことを信じるかどうか、受け入れるかどうか、最終責任はあなたにあります。
私は私の名において私の自己責任で判断し決定します。うかつに「ハンコは押しません」。
あなたがどこまで行けるか、どれほどの力を可能性を秘めた方か、あなたにも誰にもわかりません。
結論は死ぬときまでわかりません。
よく言われる「一生懸命願えばなんでもかなう」とかいった、空手形は申しません。
人には確かに限界があって、身長が足りなくて新弟子検査にパスしないとか、そういう「できないこと」はあります。
でも心の可能性は、深海や宇宙と同じように、まったく未知の部分が大半です。
限界がどこにあったか、証明するのは自分の人生だけです。
どうか自分に「呪い」をかけず、もし過去にかけていたら「ちゃら」にする方向で、過去など気にせず進んでください。
どうしてもやりたいのなら
「呪い」ではなく「祝福」を!
笑う人もいるでしょう。無理だと言う人もいるでしょう。私もずいぶん言われてきました。
でも自分の思う道を行くだけです。
行ってください。
誰かの思うことでなく、あなたの思う人生を。
この記事へのコメント
自分に呪いをかけるのは、とても善くない事だと思いますが、自分に暗示をかけるのは、私がよくやる常套手段です。
たとえば朝起きた時に「今日は二度と無い貴重で楽しい一日なんだ」とか、自分に言い聞かせます。
楽しい日でなくても、貴重な一日ですし、二度とないという事に嘘はありません。
貴重でなくても、楽しい事があるかもしれないし、ほんの些細な事でも楽しい思い出になります。
結構、この自己暗示は効きますので、これとは正反対の呪いも効くはずだと思いました。
たとえば朝起きた時に「今日は二度と無い貴重で楽しい一日なんだ」とか、自分に言い聞かせます。
楽しい日でなくても、貴重な一日ですし、二度とないという事に嘘はありません。
貴重でなくても、楽しい事があるかもしれないし、ほんの些細な事でも楽しい思い出になります。
結構、この自己暗示は効きますので、これとは正反対の呪いも効くはずだと思いました。
2008/11/20(木) 20:46:08 | URL | ぬうぼマン #x9c5GV3o[ 編集]
つまり他人(肉親含む)の言葉には一考しろってことですかね。
2008/11/20(木) 21:19:03 | URL | choker #-[ 編集]
>ぬうぼマンさま
おっしゃるとおりです。おかげで大事なことを思い出させていただきまして、二行ばかり記事に追加しました。
「どうしてもやりたいのなら
「呪い」ではなく「祝福」を!」
ありがとうございました。
>chokerさま
おっしゃるとおりです。
私のこの記事も例外ではありません。
ご自身で受け入れてもいいと思われない限り、誰の「呪い」も受取拒否です♪
おっしゃるとおりです。おかげで大事なことを思い出させていただきまして、二行ばかり記事に追加しました。
「どうしてもやりたいのなら
「呪い」ではなく「祝福」を!」
ありがとうございました。
>chokerさま
おっしゃるとおりです。
私のこの記事も例外ではありません。
ご自身で受け入れてもいいと思われない限り、誰の「呪い」も受取拒否です♪
2008/11/20(木) 21:42:13 | URL | 貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
小学生の頃、自分に対して「強くなる」と呪いをかけました。
それから約20年、武術の道にいます。
いつかこの呪いは解けるのかと思ったのが10年ほど前。
そう思った時から、フルコンタクト空手から始まった「呪い」は南少林拳の「祝福」に変わったようです。
それから約20年、武術の道にいます。
いつかこの呪いは解けるのかと思ったのが10年ほど前。
そう思った時から、フルコンタクト空手から始まった「呪い」は南少林拳の「祝福」に変わったようです。
>南の人さま
呪いが祝福に<すばらしい!よかったですね!
ネガティブなものがたとえきっかけであっても、どこかで気づいてそれに「マイナス」を掛けて全部プラスにひっくり返したり
人生っておもしろいですよね。
ご武運長久をお祈り申し上げます。
呪いが祝福に<すばらしい!よかったですね!
ネガティブなものがたとえきっかけであっても、どこかで気づいてそれに「マイナス」を掛けて全部プラスにひっくり返したり
人生っておもしろいですよね。
ご武運長久をお祈り申し上げます。
2008/11/27(木) 12:12:39 | URL | 貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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