あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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自分のことは他人事(ひとごと)と思え
 というのが私の座右の銘でして♪

 昔アシスタントさんと仕事してたころ(何度も日記にも書いてるとおり、ここ数年はアシスタントさんの代わりにパソコン使って一人で描いてます)
 徹夜で眠くてたまらない時とか
 眠気覚ましに色々なゲームをやりました。
 ゲームと言っても仕事しながらできる言葉だけのゲームです。

 その中に「しりとり」がありました。

「あつじ」→「ジンバブエ」→「えんがちょ」→「チョウザメ」・・・
 って、あれです。

 で、ですね。
 あがり症の私は、自分の番が回ってくると、何か思い浮かべなきゃって緊張して、リラックスしてれば浮かぶような単語が浮かんでこない。
 人の番で人がしゃべってるとき、考えてるときは
「あ、『る』だったら『るりかけす』」
 とか、すらすら浮かぶ。

 マインドに無用な力みがないからですね。
 で、思ったのが
 
「自分のことは他人事(ひとごと)と思え」

 無責任になるということではなく、そう思うことで自分の秘めた能力を十全に発揮して、きちんと責任も果たせるということです。

 確か宮本武蔵が、地面に書いた幅の細い線の上を歩くことは誰でもできるが、それが地上はるかな高さでも同じようにできる境地を目指せみたいなこと言ってましたが
 その感覚にも似ています。
 
 成功しなかったらどうしようとか失敗したら怖いようとか、他人事だと気にならない。
 自分ごとだと思うと心や体がすくんで、本来持っている能力も発揮できない。
 他人事だと思うとラクに生きれる。

 結果や生死も気にせず生きることの気楽さも、これの延長線上にあるかと思います。
 これは、ケツの穴の小さいという意味でのエゴを手放すことでもあり、人の立場に立って考えることにもつながります。

 若いころ気づいたことで、誰かが自分にひどいことを言ったりしたりしたことで怒ったり悲しんだりしたとき、ふと
 「○○のことなんか知ったこっちゃないよな」
 の
 「○○」に「自分」(私なら「山本」)を入れて考えてみる。
 すると
 「おお、そう考えてみるとあいつのオレにしたことも理解できるぞ!」
 ってことが何度もありました。
 だからって、迷惑をヘラヘラ受け続けるってことじゃないんですが
 とりあえず自分の利害と離れた視点でものが見れます。
 「○○のことなんか知ったこっちゃないよな」
 と誰かのことを考えたことのない人はほとんどいないでしょうから、この思考に自分を当てはめてみるのは簡単なことで、別にどこかで心の修行だの悟りだの開く苦労をしなくても、誰でもできる発想の転換ではないかと♪

 これも突き詰めていくと、すごく深い話になるんですが、今回は置きます。

 とりあえず日常的には適応する状況を選ぶと言いますか
 目の前に暴走する自動車が迫ってくるのに、他人事だと思って放置していたら死にますから
 他人事のように思いつつ自分ごととして対処するのがミソかと♪(いつもいつも成功するとは限りませんけど)


 しかし、徹夜仕事の「しりとり」はおもしろかったですねー。
 だいたいよく出る文字って偏ってるんで、だんだんネタがなくなってきます。
 「し」がくると、つい「しきもりいのすけ」になっちゃったりとか(笑
 最近は久々に友人の漫画家とスカイプしながらやってみました。けっこう体力使うんでたまにでいいです; 
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