あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
201702<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201704
心配することになんの意味が
 久しぶりに、カテゴリ「好きなことば」です。
 下記のフレーズ、以前も書いたことがあったと思いますが、改めてこのカテゴリで再録します(mixiのプロフィールでは、「好きなことば」のリストに入れてます♪)

問題を解くことができるなら、心配する必要はどこにあろうか。
解くことができないなら、心配することになんの意味があろうか

   『心の治癒力-チベット仏教の叡智』トゥルク・トンドゥップ・著/永沢哲・訳/地湧社より

 トゥルク・トンドゥップは1939年生まれ。チベット仏教ニンマ派の高僧で、1959年の中国軍のチベット侵攻とともにインドに脱出、1980年にハーヴァード大学の客員教授として渡米、以降アメリカでチベット仏教の翻訳、著作、紹介に尽力している人だそうです。
 上記の言葉は、シャンティデーヴァ(8世紀インドの大乗仏教の導師)という人のことばとして紹介されています。
 最初読んだときは、うまいこと言うなと思ったもので、以来座右の銘にしてきましたが、時が経つにつれ、暮らしの中でそのリアリティをしみじみ噛みしめています。
 心配するなというのは、無論、問題から目をそむけて現実逃避しろということではなく、できることはして、あとは無駄に心をわずらわせるなということです。

 同書から、いくつか印象に残った部分を引用します。

P.53
 チベットでの青年時代、知り合いの一人が木を切っていて、新しく買ったばかりの靴を斧で切り裂いてしまった。幸運なことに、足は傷つかなかった。だが、靴の革は、チベットのような貧しい国では、値が張るものだ。その男は、率直にもこんなふうに言ったものだ。「靴を履いていなければ、足を切ったことになるだろう。だが、足だったら治る。ああ、なんてことだ。切っちまったのは新しい靴のほうだし、靴は直ったりしないんだよ」
 これは大変おかしなものの見方だ。しかし、物質的なものを最初に考え、それから、身体、そして最後に心、というふうに考える人は、稀ではないのである。

P.60
 シャンティデーヴァは、こう書いている。
「話をするときには、やさしく、意味のあることを、はっきりと楽しく話しなさい。
貪欲や怒りは無用のもの。やさしい声で、適当な長さだけしゃべるべきだ。
見るときには、ごまかしのない、慈愛に満ちた目で見なさい。
『この親切な人のおかげで、私は完全な悟りを得ることができるのだ』と考えながら」

P.61
 他人に配慮し、ただ平和に自然にリラックスしているだけで、日常的な活動や仕事---呼吸ですらも---は、癒しの修行の一部となり得る。また、自然な形で強さが生まれてくる。心を開きさえすれば、日常生活は癒しの生活になる。そうすれば、何時間も坐って、形式どおりの瞑想をしたりしなくても、人生そのものが行動の中の瞑想となる。


 ちなみに
P.49
「仏教とは、至福の境地に達し、他者のない無のような状態の中に消え去りたい、と思っている人のための宗教だ、と考えている人がいる。これは正しい仏教の理解とは、とても言えない。仏教は人生に十全に参加することを、信念としている。癒しの道は、問題や困難をたんに取り除くのではなく、じぶん自身の真の本質を悟るための手段として、それを尊重する。
 完全にマイナスであるように見える問題に対して、実際的な態度をとることは可能だ。ストレスに満ちた状況にあるとき、そのことを認識し、そして和解するのである。「確かに状況は悪い。でも、大丈夫」というわけだ」

P.30
「シャキャムニが教えた仏教は、仏教の表現の一つにすぎない。それだけが仏教とはいえないのである。開かれた心をもっているなら、仏教がダルマと呼んでいるもの、すなわち自然の道を、自然から聞くことだってあり得る」

 私(山本)は、古来より世界の様々な形而上的思想は(詐欺やインチキカルトは別として)そういうもの(を指し示している)と見ていますので、このP.30の部分はとりわけ共感します♪
 それから、、同書で一番印象に残った下りは、著者トゥルク・トンドゥップが数人の友人とともに、チベットからインドはヒマラヤの丘陵地帯にあるカリンポンという美しい町にたどり着いた時のこと。
 疲れきりレストランに入る金もなく、墓地の近くで煮炊きのための石やマキを探していると、70代後半~80代始めくらいの老いた僧侶に出会います。
 古びた家の裏に在る8フィート(2.5メートルくらい?)四方の小部屋(おそらく仮住まい)で

P.57
 彼は瞑想し、経文を読み、料理し、眠り、ほかの人々と話し、一日中同じベッドで結跏趺坐で坐っていた。

 モンゴルから来たラマと思われるその老僧は「やさしげな、喜びに満ちた笑い」で著者に話しかけ
 自分で作るところだった料理を分けてくれようとします。

わたしは「ありがとうございます。でも遠慮します」と答えた。友達が待っていたからである。そうすると彼はこう言った。「では、しばらく待ちなさい。料理が終わったら、わたしのストーブを持っていったらよい。お茶を淹れるくらいの石炭はまだ十分にあるよ」
 私は自分が目にしているものに、驚き呆れていた。僧侶はとても年を取っており、自分の生活をするだけでも大変なように見えた。にもかかわらず、その小さな目は慈悲に満ちており、優雅で威厳に満ちた姿は、喜びにあふれていた。開かれた心は、人と分かち合いたいという気持ちに満ち、心は平和なものだった。はじめて会ったにもかかわらず、まるで古くからの友人のように、わたしに話しかけていた。身を震わすような幸福と、平和と、喜びと、驚異の感覚が、わたしの全身を貫いた。
 その僧侶は、心のありようにおいて、そして、精神的な強さによって、世界でもっとも幸福な人間の一人として輝くように存在していた。しかし、物質的な世界の見方からすれば、家もなく、仕事もなく、望みもない存在だったのである。貯金もなく、収入もなく、家族からの援助もなく、社会的に得るものもなく、政府からの援助もなく、国もなく、未来もなかった。それにもまして、外国に逃げた難民であったにすぎず、地元の人々と話しをすることもほとんどできなかった。
 今日ですら、あの僧侶のことを思い出すと、そのありようを思っては驚異の念に頭を振り、心の底から祝福の感情があふれてくるのを止めることができない。もう一つ付け加えておきたいのだが、その僧侶だけがそういう性質をもった唯一の人格、というわけではないのである。素朴で、しかも偉大な存在というのは、たくさんいる。 


 著者がインドに滞在したのは、もう半世紀近くも昔のことです。
 かの老僧も、とうに、かの地で生涯を終えたことでしょう。
 名もなく貧しく、しかしおそらく輝いて。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.