あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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借りは返せない♪
 いきなりなんだと思われるでしょうが(笑

 私、人生「借りは返せない」
 いや一歩踏み込んで「返さなくてもいい(どうせ返せないんだから)」

 と思ってます♪

 いや、けして無責任の勧めでも借金踏み倒しの勧めでもありません。

 先日友人の病の話をアップしたところ、色んな方からコメントをいただきました(ありがとうございます)。
 そんな中に、親しかった友人を病で亡くされて、自分は彼に借りを返せなかったと悔いておいでの方がいられたもので
 そのテーマは昔から私も思ってきたことですが

 ずいぶん前に結論は出しました。
 それが上記の「借りは返せない。返さなくてもいい」です♪(笑

 時間と空間のこの世では、一度過ぎ去ったことは原則修正できません。
 法的には慰謝料とか色々償いの手段はありますが、それとて一種の方便で、たとえばひどい暴行を受けた人が、犯人が刑務所に入って慰謝料もらえばチャラになるのかというと、おそらくほとんどの人がNOと言われるでしょう。
 覆水盆に帰らず。

 反対に、恩を受けたことも、じゃあ将来何かでお返しをすればチャラになるのか。
 例えば、私が漫画家として今日ある基礎を築いてくれた師匠(小池一夫先生とか、アシスタントでお世話になったはるき悦巳先生とか)に、本当の意味で等価交換のご恩返しができるのか。ある意味漫画家人生の存亡に関わる影響を、例えば金で(ないけど)(爆)換算できるのか。
 昔はお世話になりましたって札束積めば恩を返したことになるのか(そんな金ないけど)(爆 爆)。金ではなく何か行動で返せば差し引きできるのか。
 やっぱならないと思います。

 だから基本的に
 この世は、本当の意味では「借りなんか返せない」。
 いや、「仮に」返したことにはできると思います。
 何かの償いで心から相手が「よしわかった、水に流そう」と思ってくれたり
 何かのお礼で「そんな、かえってこっちが借りができちゃったよ」と喜んでくれたり
 そういうラッキーなケースもあることはあります。

 でもなかなかそうはいかないことの方が多い。
 でもそれはそれで仕方がないし、悔やむこともないと思います。

 人生は順送りで、Aという人から受けた幸せを必ずしもそのままAという人に返す必要はない。
 無論返すことができるなら返せばいいし、それはとってもラッキーなことだと思うのですが、もし返せなくても悔やむことなく、今度は別の人に渡せばいい。BさんでもCさんでもいい。
 だってそうです。
 自分が両親や祖父母から受けた恩、特に祖父母から受けた好意なんて、返せる能力が身につくころは祖父母がこの世にいないんで、絶対借りは返せません。
 じゃあ一生そのことを悔いていくのか。
 そんなバカな話はありません。

 祖父母から受けた愛は、また誰かに自分がオマケもつけて手渡せばいいと♪

 近年、欧米発の成功哲学の本など読むと
 商売は自分だけ得する「Win-Lose」ではなく
 相手も自分も得をする「Win-Win」の関係がいい
 などと書いてありますが
 私はもう一歩踏み込んで、日本古来の「三方よし」がいいと言いたい。

 「三方よし」をネットで検索しますと

「商取引においては、当事者の売り手と買い手だけでなく、その取引が社会全体の幸福につながるものでなければならないとう意味での、売り手よし、買い手よし、世間よしという「三方よし」の理念は、近江商人の経営理念に由来する」

 という記事を見つけましたが
 まあ、そういうことです。
 自分に好意をくれた誰かと自分の間で貸し借りのやりとりをするのではなく、世界を相手に考える。
 いやそもそも「貸し借り」という発想自体みみっちいものではないでしょうか。人から受けた恩は忘れないようにしたいですが、自分がした何かについて、心に借用書を書くようなまねはしたくない(めんどくさいし)。
 いや、ある種の取引として何かをする場合はありますが、それははっきり「好意」ではなくて「取引」だと自覚しておくことだと思っています。

 この話をしていくと「ゆるす」とは、という大きなテーマにつながって行くんで、それはまた体力のあるときにしますが(笑)(要点だけ言いますと全部ゆるす、なんですけど)(笑

 ちゅーわけで、誰かに返せなかった「借り」はほかの誰かに返す。
 何も気に病むことはない!
 それが私の身上です。

 繰り返しますが無責任の勧めではありません。
 返せるものなら返した方がいいと思います。

 そうそう、昔、小学生のころ、私は静岡県に住んでたことがあるんですが、1960年代で、まだ家の前が舗装されてない土と石ころの道でした。
 ある日表を通ったタクシーが石ころをはねまして、家の玄関のガラスが割れてしまったことがありました。
 母が嘆いていたら、あとになってタクシーの運転手さんがお詫びに見え、
「先日は大変申し訳ないことをいたしました。お客さんを乗せておりましたので停車することもできす、お詫びが遅れましたことをお許しください」
 と平身低頭され、修理代とおわびのお金を置いていかれました。
 まあなんと真心のある人もいるものだと感嘆したのを、40年以上たった今でも覚えています♪
コメント
この記事へのコメント
金銭の貸借はともかくも・・・・・

「恩」の貸し借りは「気持ち」の問題だと思います。

よく使う言葉で「いえいえ、気持ちですから・・・」という言い回しがありますが、まさしくそれです。

逆に、形式だけで気持ちがこもっていない返礼は、いやなものです。冷たい感じで・・・
2008/07/09(水) 13:31:40 | URL | ぬうぼマン #x9c5GV3o[ 編集]
そうですね
>ぬうぼマンさま
 おっしゃるとおり「気持ち」が肝心ですね。
 形だけは虚しいです。
 高価な何かでなくても、いえ、何も物質的にはなくても、気持ちだけでも宝物をいただいたような体験があります♪
2008/07/09(水) 15:57:23 | URL | 貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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