あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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キャラへの愛♪
作家にも色々ありまして
 自分の描くところの登場人物に並々ならぬ愛情を注いでいることがうかがえる人もいれば
 よくまあこうも愛のない描き方ができるもんだなーと思う人まで様々。

 もっとも愛にも色々ありまして、世間一般にはえてして「情が濃い」のが愛情深いと思われがちですが
 一見クールで薄情そうに見えながら、その実
 冷静に相手の幸せのなんたるかを見極めて確実にその人のために動くという愛もあります(けっこうそっちの方が高度で大変)。

 んで
 先日友人と電話してる時
 漫画の登場人物に愛のある作家、ない作家みたいな話になって
 愛のない描写は敏感な人には見抜かれてしまうと。
 んで
 ある先生の話になって
 先生がオキニのキャラ(ヒロイン)にはものすごく愛が濃くて力入ってるんだけど
 そうでないキャラの手の抜きっぷりと言うかどうでもいいっぷりが尋常ではなくて、それが読者には手抜きに見えてしまうという・・

 それって言うなれば、その先生の『ホモホモ7』なんじゃないかと私(笑
 私の世代の方はご存知でしょうが
 『ホモホモ7』というのは、みなもと太郎先生の傑作漫画で
 1970年ごろでしたか
 かわいい乙女からお色け熟女まで女性キャラはきっちり書き込まれ(一部例外あり)(笑)どうでもいい男性キャラはほとんど落描きみたいな手抜きっぷりという、明快な割り切り描写をされたギャグ漫画で
 私の漫画家人生に大きな影響を与えた漫画ベスト5の一つでした。
 だからその先生の偏愛漫画もそれはそれでいいんじゃないかって思うところがあるんですが
 
 ただ、みなもと先生の場合それを「わかって」やっておいでだったのに対し
 問題の先生はそれを「自覚なく」やっておいでらしいところが問題かもと・・・;


 しかしこの偏愛、私も覚えがないではありません。
 私は己の描くヒロインはじめ主要キャラに対しては、原則深い愛情を抱いて描いているつもりなんですが
 もしかしてその愛が濃すぎて、全体のバランスを欠いた漫画になっている場合が時々・・・

 愛のない描写よりはましかもですが
 それって愛は愛でも、もしかして
 映画監督が女優と寝てしまって
 客観性を欠いた作品ができあがりました、みたいなマイナスの要因になってるんじゃないか

 ふとそんなことを思ってしまった私です。
 
 そうだとするとそれはまずい。
 女優と寝て、女優に溺れて、客観性を欠いた創作をするのは、それは作家として褒められた愛ではない。
 私の執筆がそうだと断定するつもりはないですが、そういう傾向があるのは否めません。
 さあ困ったどうしよう。


 で
 私が思ったのが

 「女優」と寝るのは捨てがたいなあ

 そうか「ほかの役者」とも全員寝ればいいんだあ!
 
 



 さて、ケータイ漫画6話は無事完成
 きょうから7話にかかりますー。 しごとしごと; 
コメント
この記事へのコメント
監督も大変ですねえ
ゴジラ、とかエイリアンvsプレディたーの監督はさぞ大変でしょうなあ。
2008/05/22(木) 13:18:38 | URL | 国際ネジ規格/SMG #-[ 編集]
確かに
>国際ネジ規格/SMGさま
 単体にせよ複数の累積にせよ
 あれは大変ですなあ(笑
2008/05/22(木) 17:26:33 | URL | 貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
神の心で
博愛ってこういう事を言うんでしょうね
2008/05/27(火) 00:39:14 | URL | Y子 #-[ 編集]
いやー(汗
>Y子さま
 肉体にとどまらず全人格的に愛せればですが(笑
 博愛は私の人生の目標です。「目標」ということは全然到達実現できてないってことなんですけど(爆
2008/05/27(火) 08:10:57 | URL | 貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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