あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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ハラをくくる2「狂気」
 前回の日記「ハラをくくる」の補足として「狂気」について少し書きます。
 ドラマや映画にはよく狂ったキャラクターが登場します(だいたい犯罪者か危ない人の役で)。
 でも見てて思うのは、ほとんどが、凡人が一生懸命に、あるいは適当に、基地外なんてこんなもんだろうと思って「演じて」るのが見え見え(ナメてるんですよね基地外を)。
 無論映画やドラマは演技なんですから、役者さんは本当の基地害ではないんですが(中にはモノホンもおいででしょうが)せめて見てる間くらい、お客を「だまして」くれないかなーと(笑

 実は昔、友人に売れない役者がいまして、大変男気のあるいいやつだったんですが、正直頭はあまり良くなくて(すまん)、あるとき
「基地外の演技なんか簡単だよな」
 って言ったことがあって、あとでつまが憤慨してました(笑
 そんなもんじゃねーよって。
 
 でもある意味一般の人の認識ってそれに近いのかもと思います。
 生前かのキュブラーロス博士がインタビュアーに「愛とはなんですか」と聞かれて
「あなたの中にあればわかる、なければわからない」
 と答えてました。本当に名言だと思うんですが
 「愛」のない人(乏しい人)に「あなたはなんでそんなに愛がないんですか」と聞くくらいバカなことはありません。返ってくる答えは
「え?愛ってなんですか?」
 というものか
「何を言うんですか、私はこんなに愛があるじゃないですか、あなたおかしいんじゃないですか?」
 のせいぜいどちらかでしょう。
 「狂気」も同じだと思います。

 「狂気」とはけして、映画やドラマに出てくるような、イッた目をして中空を見据えていたり、取り憑かれたような陰気な薄ら笑いで表現されるものではないと思います(それらは、ほんのごく一例にすぎない)。
 もっと深く静かにさりげなくそこにある。
 常人と変わらぬ姿をしてそこにある。
 しかしよく目を凝らして見ればそこには埋めがたい隔たりがある。そんなものだと思っています。
 僭越ながら私の中にもそれはあります。若いころ師匠のはるき悦巳先生に
「山本くんの漫画って基地外しか出てこんのよな」
 って言われたこともありました。
 つまは私を「良識ある基地外」と言います(笑

 前回の日記で、実はこの「狂気」についても言及したかったんですが、長くなりすぎるし焦点がぼけるのでキャンセルしてたんですが
 公開サイトの方のBBSで、あるお客様が感想として「狂気」についてもコメントしてくださって、すごいタイミングと言うか「言外の意を汲み取られた」と言うか、すごいよお客様!!!!!(泣

 私と同じ長州人の吉田松陰が
「道を興すには狂者に非ざれば興すこと能わず」
 と言ったそうです。
 そう言えばそんな話を聞いた覚えがあったように思いますが
 失念しておりました。情報ありがとうございます。

 ハラをくくってない(完全にくくった人はそういませんから、くくることのなんたるかを垣間見たことのない、と言うべきか)人の書いた、ハラをくくった(という)キャラクター
 凡庸な人物の書いた狂気の人物

 みなすぐにメッキのはげる張子の虎ではないかと思います。
 ただ、普通の人に真の狂気は理解できないでしょうから、それで「営業的」には十分成り立っているのがエンターテインメント業界でもあります(蛇足ですが、たとえば、なんでも自分目線に引きずり下ろして解釈する人がいますが、織田信長の気持ちが理解できるとか思うのは一種の不遜というか誇大妄想だと思います)。

 また、これは余談ですが
 前述の役者の友人
 役者としては無名のまま引退してしまいましたが、実は学生時代から某有名空手道場に入門していたり(山口県からはるばる四国まで行ってました)高校を出てからは有名キックのジムに通ったりして、その方面ではかなり鍛えた猛者でした。ストリートでの実戦経験も数知れず
 また、本当におとこ気のあるいいやつで、たとえわが身はどうなろうと友人の窮地を助けるためにはたった一人でもかけつける漫画の主人公みたいなこともした男でした(だから私は尊敬してました)。
 で、あるとき、彼が属していた劇団の芝居で、彼がチンピラの役をやることになりまして、
 主人公(だったかその相手役だったか)に向かって、インネンをつけて少し殺陣が入るんですが
 その芝居を見に来ていた某有名女優(映画やテレビでもよく出ておいでの方です)が、あとで座長さんに向かって
「なにあれ。ホンモノ(のチンピラ)使ってだいじょうぶ?」
 と言ったことがありまして(笑)。
 友人はけしてチンピラじゃないんですが、そういう連中との修羅場を山ほどくぐってて、土地のヤクザとモメた時など、間に入った刑事さんがうまくさばいてくれて危うく命が助かって、その後さっさと故郷を後にしたような人間なので、危ない連中の臭いとか空気をかもし出すのはお手の物だったんですよね。
 その臭いを見抜いた有名女優さんの眼力もすごいなと思ったものでした。
コメント
この記事へのコメント
狂気の出どころ
マットリドレーの「柔らかな遺伝子」が狂気についての最近の記述では出色ですね.
狂気の断片は生存に有利だったりするらしい,てあたりはなかなか...
2008/02/14(木) 23:52:25 | URL | 国際ネジ規格/SMG #wKIXt1/s[ 編集]
おおっ?
>国際ネジ規格/SMGさま
 それは読んでみたいです。情報ありがとうございますー♪
2008/02/15(金) 01:48:56 | URL | 貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
狂気も気から、あるいは1日1狂気(笑)
基地外、と言ってよいのか判りませんが「被害妄想」な人を説得しようとした事があります。
結果的には無駄でしたが、「真面目に切々とおかしな事を訴え続ける」彼の外見の何処にも
狂気は見つかりませんでした。
そして話していくうちに狂っているのは彼なのか私なのか判らなくなってしまいました。
何分にも狂気とであったのは初めてだったものですから。

また意図的に狂気を帯びようとする人も居ます。
小説家:隆慶一郎氏の「『死ぬことと見つけたり』(1987年)(未完) において主人公:斉藤杢之助たちは
「毎朝、寝床の中で死んでおく(自分の死に様を想像し仮想体験を積んでおく)」日常を送っています。それゆえ彼らは腹をくくるどころか、どんな事にも何のためらいも見せずに進んでいきます。
これは日常の中に「死に様」という狂気を導入する事によって、「戦場という狂気」に当たった時、
かえって正気を保てる効能が有ると思います。

従いまして来るべき狂気の時代に正気を保つために、日頃から狂気に親しんでおくのも肝要かと。

ちなみに「葉隠」は一般に言われているような死に方の本ではなく生き方の本であると本の地元の
佐賀大学のサイトにはかかれています。
http://www.dl.saga-u.ac.jp/OgiNabesima/haga.htm

長文、失礼しました。
2008/02/18(月) 21:49:47 | URL | ゆたぽん #-[ 編集]
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