あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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弾圧された絵画に思う
 先日BSハイビジョンで、昔の番組の再放送してまして
 旧ソ連で弾圧された抽象絵画とその絵描きたちの話を見ました。
 数年前の番組なのでご覧になった方もおいででしょう。

 キュビズムとかいわゆるシュールな絵画、まったく意味不明な線や点の羅列から、シャガールが描いてたようなものまで、具象画でないものほとんど全部が
 革命や人民の役に立たないものとして、独裁者スターリンによって否定され、作品も作家も排除され、収容所に送られたり転向を迫られたりしたようなのです。
 なんだかナチスドイツのヒトラーのしたことと大同小異な感じですが、美的センスのない独裁者のやることは似通うものなのかもしれません。
 スターリンの死後、少し規制が緩んだのですが
 またフルシチョフが
「ロバの尻尾で描いたような絵だ」
 と否定して、抽象絵画排斥は続くのです。

 すごいのは、その中にあって、ある肝の据わった奇特な美術館長が、当局の目をくらまして、それらの絵画を収集し、ひそかに己の美術館に隠匿し続けていたということ。
 それが何十年にもわたって膨大な数なのです。
 モスクワから遠く離れた地にあった利点もあり
 なんだかんだと知恵を絞りとんちを利かせて集め隠し続けたそうです。
 
 たとえば、シベリアだかの収容所に入れられた絵描きの描いた、内部の人々のようすを、当局には、ナチの収容所の風景だといつわって展示。
 若い女性職員に、その美術館長が
「ナチの収容所というのはウソで本当はね・・・」
 と耳打ちして、職員は仰天したそうです。
 バレれば死刑もありですからね(笑

 弾圧された抽象絵画描きたちは、当局の言うとおりの具象画描きに転向した者、別の仕事をしながらひそかに創作を続けた者、完全に筆を折った者、さまざまでした。
 貧しく食うにも困った絵描きたちの下を、その美術館長が訪れて、お金を与えたりもしていたそうです。

 中央のエライさんが美術館に来て、こんな絵ははずせと言うと、素直にはずし、
 エライさんが帰るとまたかけるとか。

 その内中央にも、その美術館長の同調者、協力者ができ、国家の美術全般を取り締まる責任者が美術に無知なのをいいことに、副責任者などの心ある人々が、当局の目をくらまして、貴重な抽象絵画をせっせと、その美術ファウンデーションとも言うべき美術館長のいる美術館へ搬送していたという
 なんだか夢のような話でした。

 仕事をしながら見ていたので、部分しかわかりませんでしたが
 すごい絵がいくつもありました。
 それが、作家の名前しか残ってなかったりして、その人物のプロフィールはもう歴史のかなたに消えちゃってるんです。
 もう何十年も昔のことで、調べる術もないのでしょう。

 米ソ対立時代には、007始め、多くのスパイもののフィクションで、ソ連国内の心ある協力者みたいなキャラクターが書かれていましたが
 こんな大規模に、ウソみたいな当局だましが組織的に、ヒーローのような一人の人物を中心に長きにわたって行なわれていたとは、
 まこと事実は小説よりも奇なりです。

 皮肉なのは
 ソ連が崩壊して、今はなんでも描けるし展示できるようになったのだけれど
 一方で別の問題も起こっているのですが、それはネタバレ過ぎるので伏せます。

 いい話いい番組でした。

 しかし、私は漫画家という商売をしている関係で
 手放しで楽しめないものもありました。

「見てわからない楽しめないものは役に立たないから排除」
 というのは
 実はエンターテインメントそのものなんですよね。
 それを決めるのが独裁者と一般大衆という違いはありますが
「オレの役に立たない(気にくわない)ものはゴミ」
 という点で同じなんです。
 本当に無意味でゴミなものと、その人間に理解できない内容が描かれていてゴミのように思えるだけなのか、その判別ができるのは、あるレベル以上の人間だけです。

 私はよく、ほぼ同じころに死んだマザーテレサとダイアナ妃を思い出します。
 それぞれに、世界のために尽くした人であったとは思うのですが
 何度も繰り返しマスコミがとりあげるのはダイアナ妃です。
 無論なぞめいた死の話題性、若くてきれいだった話題性などもありますが、もう一つの理由は
 マザーテレサに比べてダイアナ妃が、視聴者が理解しやすい人だったということがあるのではないかと。
 ダイアナの喜怒哀楽は一般人にも想像がつきますが
 マザーの心中は、一般人とはかけ離れた境地に行ってしまっていて、立派な人かもしれないがよくわかんないや、関係ないや、と思っている人が多いのではないかと。

 これが世界の実情です。
 何事にも光の部分と闇の部分があるもので
 独裁者と違って、大衆の決める判決で、人は収容所にも死刑台にも送られはしませんが
 作家生命を絶たれる点は似たようなところがあります。

 業界に余力があったころは
 たとえ人気がなくても一つ二つは実験的作品を載せようというような雑誌がありましたが
 最近は背にハラは変えられないところだらけで、そういう余力のある雑誌はめったに見なくなりました。

 先日の「作家使い捨て問題」と関連して
 いささか残念に思うものです。 
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