あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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カリール・ジブラン「子どもについて」
 先日レバノン出身の詩人カリール・ジブランについて書きましたが
 今日は彼の作品から「子どもについて」を載せてみます。
 最近かわいい赤ちゃんが生まれた友人に捧げます。


子どもについて

赤ん坊を抱いたひとりの女が言った。
どうぞ子どもたちの話をしてください。
それで彼は言った。

あなたがたの子どもたちは
あなたがたのものではない。
彼らはいのちそのものの
あこがれの息子や娘である。

彼らはあなたがたを通して生まれてくるけれども
あなたがたから生じたものではない、
彼らはあなたがたと共にあるけれども
あなたがたの所有物ではない。

あなたがたは彼らに愛情を与えうるが、
あなたがたの考えを与えることはできない、
なぜなら彼らは自分自身の考えを持っているから。

あなたがたは彼らのからだを宿すことはできるが
彼らの魂を宿すことはできない、
なぜなら彼らの魂は明日の家に住んでおり、
あなたがたはその家を夢にさえ訪れられないから。

あなたがたは彼らのようになろうと努めうるが、
彼らに自分のようにならせようとしてはならない。
なぜなら命はうしろへ退くことはなく
いつまでも昨日のところに
うろうろ ぐずぐず してはいないのだ。

あなたがたは弓のようなもの、
その弓からあなたがたの子どもたちは
生きた矢のように射られて、前へ放たれる。
射る者は永遠の道の上に的をみさだめて
力いっぱいあなたがたの身をしなわせ
その矢が速く遠くとび行くように力をつくす。

射る者の手によって
身をしなわせられるのをよろこびなさい。
射る者はとび行く矢を愛するののと同じように
じっとしている弓をも愛しているのだから。



 『ハリール・ジブラーンの詩』
    神谷美恵子・訳(角川文庫)より
 表示間隔の違いで見にくいため、少し一部行間を私(山本)が空けました。
 ハリール・ジブラーンはカリール・ジブランのよりアラビア語に近い読み方だそうです。


追記
 そう言えば私も昔、親は子どもを遠くに撃ち出すカタパルトのような存在ではないかと思ったことがあります。
 思えばジブラーンの弓矢と通じるものがありますね(笑
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