あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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チベット密教の護摩
チベット密教の護摩

 昨日は仲良しの友人に誘われて、湘南から東京を横断、はるばる埼玉県まで取材に行ってきました。

 チベット密教の高僧ガロンドゥンドゥプ・リンポチェ師の護摩が、川口市のお寺で行なわれたのですが、非常に内々なもので急遽決まったということもあり、聞かされた私も執筆中のコンテを置いて出かけました。

 密教と言うと日本では高野山などが有名ですが(誘ってくれた友人は高野山の方)チベットのそれもあい通じるものがあるそうで、この目で見れる機会はそうそうないので後学のためにも参上しました。
 写真がそれ(準備中)です。

 後ろの方中央においでなのがリンポチェですが、勝手にお顔を写してはいけない(撮った後で知った)そうなので、フォトショップツールで消してあります。

 集まっておいでの方は大半が信者の方のようで、護摩が始まる前から地面にすわって経典のようなものを開いて、有名な「オム・マニ・ペメ・フム」を唱えておいででした(つまりチベットの方々)。ああ、こういう抑揚で唱えるのかというのが、ナマで聞けたのは感激でした。
 こういうネットの場で、私は極力政治的な問題は触れない事にしておりますが、チベットは政治的に不幸な歴史があり(それは今でも続いており)、おいでになったリンポチェもヨーロッパに在住の方のようです。

 護摩が開かれた大徳寺は真言宗のお寺なのですが、縁あってこういう機会を得られたそうです。
 大変貴重な体験でした。


 蛇足ですが、半分予想はしていたのですが、悠久のチベット時間と申しましょうか
 午後二時開催予定が、先に都内で行事を済ませて来られるというリンポチェ師の到着が遅れ、お見えになったのがなんと4時ごろ。
 それから新聞記者のインタビューなどあって、実際に護摩がスタートしたのは5時前後。
 実に3時間のずれを、炎天下ずっと戸外でお待ちになっていた信者さんがたもすごい!

 自分が15分遅れてもお腹が痛くなりそうになる小心者の私などには、とうてい及ばぬ境地です(笑


追記
 私は、護摩の最中、燃え上がる炎の前で、賢明に手を合わせておいでの方々の後姿に、この方たち一人ひとりに他人にはわからぬ悩み苦しみ、人生があるのだなあと思うと、己のことも含めて涙を禁じ得ませんでした。
 無論祈りと言ってもピンキリで、ただただ他者の幸せを願うものから己の欲望をかなえたいだけのものまで様々でしょうが、必死によりよい生を願う気持ちには変わりなく、厳粛な気持ちにさせられるのでした。
コメント
この記事へのコメント
貴重なご体験ですね
くまくまでございます。チベット密教と言うと、ダライラマ師の?私の拙い知識では師と五体投地位しか存じませんでしたし、日本にそのようなお方がお出でになられる事すら存じませんでした。祈り、大乗であれ小乗であれすべては善き方に向かう事で、大切なのはその「気」の持ち方なのでしょうね。(またしても曾祖母語録「神さんも仏さんも容れ物の中だけにいるわけじゃぁなくてどこにでもいるんだから、みっともない事はするなよ、心の中から見てるぞ。」確かに、神は我が内におわすのかも知れません)
2007/07/29(日) 16:49:46 | URL | くまくま #8s4rhO6.[ 編集]
一時来日
>くまくまさま
 このリンポチェ師は確か今はベルギーだかにおいでの方だったように思います。
 チベットは、某国に侵略されてから、ダライ・ラマ始め多くの方々が難を逃れて脱出せざるを得ない状況になりましたですからね。
 手を合わせる信者さん方の胸中いかばかりかと思います。
 おっしゃるとおり、お曾祖母さまのおっしゃるとおり、神仏は入れ物におわしますわけではないですね。
 心の伴わない祈りも無意味なら、別に祈りなどせずとも行ないや想いがそのまま祈りとなっている方もおいでと思います。
2007/07/29(日) 17:03:12 | URL | 貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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