あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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「その人がどれだけ成熟しうるかは、どれだけの辱(はずかし)めに耐えられるかに比例する」
「その人がどれだけ成熟しうるかは、どれだけの辱(はずかし)めに耐えられるかに比例する」
 コンピューターのマウスの父、この2日に88歳で他界したダグラス・エンゲルバート博士の言葉とか 
(2013年7月6日の東京新聞から)

「他人の厚顔無恥に腹の立つとき、ただちに自ら問うてみよ『世の中に恥知らずの人間が存在しないということがありうるだろうか』と。ありえない。それならばありえないことを求めるな」 
      マルクス・アウレーリウス 
    『自省録』(神谷美惠子・訳/岩波文庫)から

 人を辱(はずかし)めて喜ぶ人間はすでにそれだけでも充分みじめな人生なので、その上にわざわざ私が加えるべきことなど何もない、という視点が大事じゃないかと思います。
 みじめなのは辱められた人でなく。

 無論、暴行の現場を止めるとか、冤罪を正すとかいった必要なことを行うのはまた別の問題で。
コメント
この記事へのコメント
生意気な物言いをお許しください。

代議士が自身への誹謗を、我関せずと放置すれば、それは彼を信認した有権者への背信にもなります。
経営者が自社製品への誹謗を、言わせ
ておけとばかりに放置すれば、形見の狭い思いをするのは、ご愛顧くださるお客様です。
彼らにとって"別問題"の範囲は自身にも及びます。
そしてそれは作家も同様だと思うのです。
2013/07/08(月) 13:22:40 | URL | 猫車の弥七 #-[ 編集]
はて
>猫車の弥七さま
 「暴行の現場を止めるとか、冤罪を正すとかいった必要なことを行うのはまた別の問題で。」と補足を書いておいたつもりですが、まだ何か必要でしょうか?
2013/07/09(火) 07:30:17 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
どうやら早とちりをしておりました。
暴行や冤罪という言葉に、勝手に"他者への"という意味を加えて解釈していたため的外れになってしまいました。
申し訳ありません。
しばらく自重いたします。
2013/07/10(水) 09:03:26 | URL | 猫車の弥七 #-[ 編集]
ちなみに
 こいつはこの程度のことも思い至らないのかといった辱めも気にしないことにしています。
 時々ありますが、その程度のやつだとその方が思っておられるのは自由なので、好きにしていただいております。
 しばし脱力感は感じますけども。
2013/07/10(水) 13:50:05 | URL | 山本貴嗣 #pmWGJPUI[ 編集]
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