あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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行く人・来る人
 昨夜は就寝前にメールチェックしたら、友人から、私が昔お世話になった編集さんの他界を知らされました。
 数年前、体調が優れないので職を辞めて静養されるとのご挨拶をいただき、それっきりになっていらした方なのですが、最近病死なさったそうです。
 私の代表作のひとつの立ち上げに尽力してくださった若い編集さんで、葬儀の祭壇には私の単行本も供えられていたとか。
 しみじみとしてしまいました。

 心より感謝とともにご冥福をお祈り申し上げます。

 30年以上も業界にいますと、ずいぶんとお世話になった方も、去っていかれます。
 私のデビューは双葉社でしたが(1978年)、二十年以上を経て、また双葉社でお仕事(『Mr.ボーイ』)をさせていただいたとき、デビュー時にお世話になった編集長さんが、入れ違うようにガンで亡くなりました。
 若い頃には、小学館でお世話になったYさん(高橋留美子さんの担当もなさった方)が急死されました。
 今度で、お世話になった担当さんとの永の別れは三件目です。
 
 これから、歳をとられた方も出てくるでしょうし、別れは増えていくでしょう。
 そういう私自身、いつまでいられるのかわかりませんが(笑

 いささか感無量でフトンに入り
 寝て起きてポストを見たら、二年前から音信不通(住所もメルアドも変わって不明)で、どうされたやらと案じていた旧友から、久々に手紙が届いていました。
 若い頃の友人にも、ある日、なんの挨拶もないまま忽然と行方をくらました人がいますので、
 こうして交友が復活するのは、とてもうれしいです。

 きょうは思わぬ別れと再会があった不思議な日でした。
 皆様もどうかくれぐれもご自愛ください。


追記
 あ!
 そう言えば数日前、今回「交友復活」したんじゃない方の、いまだに行方がわからない(もう四半世紀は会ってない)旧友と夢で会い、おお!元気だったか!と近づいていくと、なんだか顔が変わっていって、あれ?おまえT(旧友の名前)じゃないな?誰だ!って言ったんですが
 もしかしてこれかあああああ!!???(そのときは、今回コンタクト復活した人は夢には見えなかったんですが、てえか顔の判別が明確になる前に目が覚めてしまった)
 また義父の死亡通知の正夢以来の、正夢のひとつだったかもー♪ちゃんちゃん
げんきんなしろさん
しろさんアップ
 先日から暖かな日和が続き、通いネコしろさんのために用意していた寝床の箱にも、とんと近寄らなくなったしろさん。
 中に入れる使い捨てカイロも不要となり、フリースの敷物もたたんで「空き家」となったネコ箱。
 ごはんをねだりにくる回数も、真冬は一日に何度となく来てたのに、一日一回くらいに減り
 なんだか態度も横柄になって、今ごはんをあげたばかりだというのに、心ここにあらず、塀に上がって遠くを眺め、背中をなでようとすると
 「さわんじゃねえ!」
 みたいな声を出して、はんにゃ顔全開でこちらを威嚇します。
 まあ、春も盛りになるにつれ、遠出したくなるのは人間も同じ。
 どこか楽しいところを見つけたんだろう、また秋が来れば戻ってくるかもと思っていたのですが

 一昨日の晩
 久々の冷え込みに、ふと気になって夜中の二時ごろ、懐中電灯を持ってネコ箱を見に行くと
 横にあいた穴から覗くと、たたんだフリースの敷物の上に、しろいパン種みたいなものが丸まってました。
 「の」の字になったしろさんです。
 懐中電灯を照らすと、はっと顔を上げ、にゃ~~~~(まぶしいよ~~~、しろは寝てるんだよおお~~、みたいな)声で鳴きました。
 なんと正直なやつ。
 寒くなったらソッコーで戻ってきたか。

 あわてて家に入り、つまを呼び、私がモンプチでしろさんをおびき出している間に、つまがフリースと使い捨てカイロを整えました。モンプチを食べ終わると、自分でいそいそとネコ箱に戻って行ったしろさん。
 風邪でも引かれたら獣医代馬鹿になりませんから
 うまく気がついてよかった;

 そして翌朝。
 さすがにもうどこか遊びに行ってるだろうと、8時半ごろ戸を開けたら
 にゃ~~~
 ずっとおったんかい!

 また暖かな日が戻るまで
 しばらくしろさんは居座りそうです。
 あまえ鳴き媚び鳴きすごいです。先日の「さわんじゃねえ」はどこへやら。この「げんきん」ぶりがネコなんですが、それにしても露骨なしろさんでした(笑

追記
 画像は昨年夏に写したものです。今はもっとふっくらしてます。
単行本2巻準備完了♪
『戦闘女神アヌンガ』2巻予告(笑
フォトショップ「塗料」フィルタ
 『戦闘女神アヌンガ』二巻
 の私の方の準備がおととい終了しました。
 カヴァーイラスト、本文の絵と文字のチェック、変更などなど。
 すべて担当さんにお渡しして
 あとは発売を待つばかりです。
 今回はページいっぱい本文で、後書きや解説を入れる余裕がありませんでした。

 画像の直しをしていて、ひとつ学んだことが
 自分で撮影した写真をパソコンで処理して合成する場合、そのまま合成しては写真と人物のタッチが差がありすぎて、人物が浮いてしまうため、ある程度「処理」して合成していたのですが、ふだんのB4サイズの原稿用紙で見るとOKなバランスでも、単行本サイズに縮小されると、密度が高くなってリアル度が増し、思った以上に写真っぽくなって人物が浮くコマがあること。
 と言うわけで、今回は何コマか、あえていつもより「荒く」処理して、単行本サイズだとなじむような画面処理を施してみました。
 二枚目の画像は、ケータイ配信時のものですが、実際の東京駅のスナップにフォトショップの「塗料」フィルタをかけたもので、これは、いつもよりギャップを大きく、かなり荒く飛んだイメージにしたものですが、
 単行本サイズにすると、むしろこれくらい踏み込んで処理しても、かえってバランスいいコマもあるように思います(ので、単行本化にあたり、あえてこういう処理をかけなおしたコマが何コマかあります)。

 デジタル処理自体は、もう数年前からやってきましたが、これまではいずれも雑誌連載を経てのことであり、白黒二値化した活版原稿だったのに対し、『戦闘女神アヌンガ』の場合、活版を経ないで最初から最後まで(ケータイ配信から単行本まで)グレースケール(微妙な灰色の濃淡まで表現可能)モードです。
 おかげで私の原稿のタッチが損なわれることなく、リアルに再現されるんですが、そのため、従来の雑誌連載とは異なる処理を施す必要があることに気づかされました。

 まだまだ試行錯誤は続きますが
 どうか気長におつきあいください。

 あ、発売は4月16日の予定です。ではでは~♪
有楽町で飼いましょう♪
有楽町ネコ1
有楽町ネコ2
有楽町ネコ3
 先日の50周年パーティの帰り、帝国ホテルからJRの有楽町駅へ向かう途中で撮った猫さん。
 ちっこくて、しろさんより一回り以上小ぶり。
 まだ若いようです。
 野良さんなのか、なんとなく顔が寂しげでした(実は大はずれで、その辺のお店の飼い猫なのかもですが)。
 しろさんも、うちに来たころは顔が暗かった(てか凶悪でやさぐれてた)んですが、いつの間にか私やつまの前ではあどけなく子猫みたいな顔を見せるようになりました。
 人も動物も、安心できる場所というのは大切なもんだと思います。
同窓会
50周年1
50周年2
50周年3
 と言っても学校のではなく
 少年サンデー&少年マガジン創刊50周年記念合同同窓会なるパーティが昨日2009年3月17日、東京帝国ホテルで開催され、私も行ってまいりました。テレビやネットのニュースでも報道されていたようですから、ご覧になった方もおいでと存じます。

 行くと会場の入り口に身長くらいのオブジェが何個か置いてあって、作家はサインするように言われ、見ると漫研同窓生の山田貴敏氏のサインがあったので、隣に私も書きました♪

 いしかわじゅん先生とお会いしたので、昨日の日記にもアップした関谷ひさし先生の話題でしばし話し込みました。

 数百人?の漫画家、漫画原作者(招待状だと400人前後呼ぶ予定だったようですが、それより多かったのか少なかったのかわかりません。関係者含めると1000人以上とか)とにかくえらい人数で、勢ぞろいの記念写真は、ご覧のとおり高い台の上からの撮影でした(笑)。

 そのあと、両誌を代表する7人の漫画家が壇上でご挨拶。
 友人のひいき目ではないと思うんですが
 高橋さん、会場で一番の爆乳で、正面のアングルでも十分わかりますが、横から見るとアニメかよ!と思いました。

 引き出物は、サンデーマガジン両誌の復刻版でした。
 帰りの東海道線でぱらぱらめくってましたが
 この創刊号に描いていた方で今名前を覚えている方は、ほとんどいらっしゃいません(当たり前か、半世紀前ですものね)。
 ちなみに私は、この二誌と同い歳なんですね。
 ちなみに2ですが、私この両誌にマンガを載せたことがあります(いずれも単行本未収録)。今回のお招きも、まあそのご縁というところでしょうか♪はるか昔の思い出です。
 楽しい晩でした。
 百周年にはたぶんいないと思うので
 なかなか貴重な体験でした♪

追記
 実は実質「同窓会」な部分もありまして、
 まず、私のいた中央大学漫画研究会のOB同士、
 会場にいた人間だけでも赤松健、みやすのんき、山田貴敏の三人が旧交を暖め合いました。
 赤松先生は、世代的には離れているので在校当時は面識がなかったですが、あとは一応リアルタイムで顔を合わせていたメンバー。
 青年誌系なので来ていない同窓生にはラーメン漫画で有名な河合単がいます(敬称略)。
 また今はイラストレーターですが、有名な漫画家のアシスタントをいくつも経験していて本業の傍ら関西の某大学で講師もしておいでのTさんとか。
 ある記事で、中央大学は有名漫画家を輩出していて漫画家になるのに向いている学校だ、というのがあったそうですが、あれはあの時期何か悪い電波でも出ていたのか(笑)、不思議とそういう人間がかたまっていた奇縁とでも言うべきものだったのではないかと思います。
 ただ、神田から八王子に移転(私が在学中)してから、ど田舎で近所に娯楽施設や歓楽街もなく、暇な漫研部員は描くしかなかったというのもあるのかもしれません。
 なにしろテニスをしていた学生がマムシに噛まれ、校庭でタヌキが行き倒れ、移転一年目のときなど校門まで行くバスさえなく、一km近く手前で降りて、栗のイガが落ちている山道を歩いてたどりつくありさまでした。「足」がないと動きがとれないということで、私がいたころの漫研は、ほとんどバイク愛好会の様相を呈していたものです(笑)。

 あと、同窓生とは異なりますが
 お若いころ師匠のあさり先生といっしょに遊びに来てくださったことのある藤田和日郎先生と再会、久々にアクションやファンタシーの話に花が咲かせられたのも、ある意味ささやかな「同窓会」でした。感謝です♪
『侍っ子』
『侍っ子』関谷ひさし・著
『侍っ子』  関谷ひさし・著/双葉社・刊

 関谷ひさしという漫画家さんがいらっしゃいます。
 いや、いらっしゃいました。
 私どもの業界の大先輩でした。私も子供のころ、いっぱいいっぱい楽しませていただきました。
 これは、その関谷先生の遺作です。

 最初1890円という値段に、漫画本としては「えっ?」とか思っちゃいましたが、買って納得。
 それだけのことはある本でした♪

 かわいい!楽しい!おもしろい!
 おまけに、巻末にデッサンや習作を含むイラストがカラーで7ページにわたって収録されています。
 連載マンガのカラーから、裸婦デッサン、動物、ブルース・リーとかの有名人の似顔絵、童話のためのイラスト、自動車。とにかくみんなうまいー!ほんとなんでも描ける方だったんだなあと。

 カバーの折り返しに経歴があります。

<1928年(昭和3年)1月14日、福岡県北九州市に生まれる。門司商業5年のとき甲種予科練習生に合格し、松山練習航空隊に入隊。終戦後、新九州新聞社に入社。勤務のかたわら絵物語、4コマ作品を描く。1957(昭和32)年9月に上京。翌年「冒険王」に連載した『ジャジャ馬くん』が大ヒット、一躍人気作家となる。その後、小学館漫画賞を受賞した『ストップ!兄ちゃん』、『ファイト先生』をはじめ、『KO小僧』、『イナズマ野郎』、『少年NO.1』、『リリーフさっちゃん』、『ばんざい探偵長』など、数々のヒット作を生み出す。2008年2月25日、永眠>

 私の両親より歳上の方で、正直今の若い方はほとんどご存じないと思います。
 でも、ご覧ください、このカヴァー。
 無論「世代」のギャップというのはぬぐえないでしょうが、これが死を目前の80歳のおじいさんの描いた絵でしょうか。

 マンガは気力体力が必要な仕事で、歳を取ると、疲れたからこんなもんでいいや、とか、オレは名人なんだからこれくらい流して描いてもいいんだもんね、みたいな、なんだか生気の抜けた適当な絵になっていく作家も少なくありませんが、
 関谷先生は違います。
 線の一本一本、一コマ一コマに愛と情熱を注ぎ、キャラクターも作品世界も、いやマンガそのものが大好きだあああという気持ちが伝わってくるような感じなのです。
 80歳を前にして、それってものすごいことですよ。
 つまりこれは、かつての売れっ子大家が、「昔はよかった」な思い出的過去の作品集を作った本ではなく、現在進行形で創作し続けている現役作家が、ほやほやの新作を描き上げた本なのです。


 巻末に寄稿された、いしかわじゅん、畑中純、夢枕獏、三先生がたのコメントから一部抜粋しますと

 「関谷ひさしの、世間的な全盛期は、ぼくの少年時代だろう」
 「当時はまだリアルという言葉は漫画になく、それらしいものが描けていればよかった。スポーツを描けばそれらしいユニフォームを着てそれらしいプレイをしていればよかった。メカを描けば、それに見えていればいいという程度だった」
 「関谷ひさしは違った」
 「’60年代の東京の物語なのに、凄い車がそのへんを走っている。オースチン・ヒーレーやら、トライアンフTR4やら、ジャガーEタイプやら、ベンツの古いロードスターやらが美しいデフォルメできちんと描かれている。おまけに、パトカーはちゃんと観音開きのクラウンだ。その上、造形が凄くカッコイイ。
 こういうことに神経を使うセンスというものが、残念ながら当時の漫画と漫画家には、あまりなかったし、読者の側にも評価するセンスがなかったのだ。ああもったいない。関谷ひさしは、それをカッコイイと思い、誰に気づかれなくとも手を抜くことなく描いていたのだ」
                           (いしかわじゅん)(以下引用部分敬称略)

 それって、早すぎた鳥山明?とか、ふと思ってしまった私(山本)です。
 鳥山先生の場合、それまでのマンガが「いいかげん」に描いていた「口の中」(笑)はじめ、自動車から靴など細かなコスチュームのすみずみまで神経を行き届かせたパイオニアの一人・・というか、それを世間も「すごい」と思って受け止めた、作家と読者の双方が幸せだったお一人だと思うのですが、
 それ以前に、同じようなことを人知れず、関谷先生はなさっていたということでしょうか。

 蛇足になりますが、不肖山本も、幼いころ、見よう見まねでカーアクションの落描きなどしていました。
 小学校低学年の子供のものとしては、いささか凝ったものでしたが(波打ち際を二台の車が波しぶきを上げながら疾走しつつ、乗った男たちが銃で撃ち合うという・・・)(笑)
 今回同書の巻末を見て、その参考にしていた車の元絵は、どうも関谷先生の描かれたものだったんじゃないかと(笑)。
 無論ぜーんぜん似ても似つかないへたっぴな子供のラクガキでした!ただ、うまいものを見分ける目だけはありましたから、子供心にこれはすごい!って直感的にわかってたんじゃないかと思うのでした。
 それはさておき
 いしかわ先生のコメントの続きですが

 「長いキャリアの漫画家はいる。しかし、だんだん絵は枯れていって、最晩年にはほとんど描けなくなる。そういうものなのだ」
 「それなのに、関谷ひさしの絵は、いつまで経っても現役の絵なのだ。
 これは、ありえない。とんでもないことなのだ」
 「描線に、力がある。細部にまで神経の行き届いた美しい絵だ。主役のキャラは可愛く、お笑い担当は面白い。女の子は可憐で、悪役は憎々しい。さすがに4段のコマ割りは今時ちょっと古臭く、構図も昔の漫画の構図のままだが、絵柄の魅力がそれを補って余りある」
                                 (いしかわじゅん)

 同感です。
 ついでに私の感想を加えますとと、せりふが生きててテンポがいい!
 ぽんぽんと気持ちよく、言葉のキャッチボールが繰り広げられ、それが読むのに勢いをくれます。

 夢枕獏先生は、『東天の獅子』の打ち合わせで双葉社に出向かれたとき、この原稿をご覧になったそうです。

 「『でも、関谷さんて、まだご存命だったんですか』
 『今年(2008年・山本/注)の春、80歳で亡くなられました。この新作は、亡くなる直前まで、10年間、毎日少しずつ描きためていたものです。完成させて亡くなられました』」
 「『凄いですね、前よりうまくなってるんじゃありませんか』
 『本当にマンガを描くのが好きだったんですね』
 本になる予定のないマンガを、10年、こつこつと描く。描き続ける。死ぬぎりぎりまで描いて、死ぬ直前にそれが完成した。
 ぼくも書き手として、死ぬ時はかくありたいと思う」
                          (夢枕獏)

 私(山本)も同感です;
 畑中純先生のコメントでは、関谷先生は、この『侍っ子』の刊行を見ずに亡くなられたそうです。

「仕事机の横のテレビの前のソファを背にして、一服つけて、さあ仕事だ、といった体勢だった、と息子さんが言っておられた。タバコをくわえた所で、永遠の眠りについたそうだ」
                           (畑中純)

 ああ、これぞ大往生!
 マンガ家あこがれの人生かも;
 
 関谷先生、最後までいっぱいいっぱい楽しませてくださり、本当にありがとうございました。
 先生を手本と励ましに、自分も及ばすながら、生ある限り勤めたいと思います。
 彼岸でお会いできることあらば、またじかにお礼を申し上げたいものです。
 合掌・・・・・


追記
 巻末の遺稿デッサンの中に、この『侍っ子』の次の作品のラフスケッチがあります。
 現代を舞台の探偵モノ。
 「ペン入れを始めたところで中断している。全体の構成は不明である」
 ああ、残念。見たかったなあ・・・;
一山超えて
 ちょっと一山超えました。
 ここ半月取り込み続きだったんですが
 それと言うのも、作画用パソコンと、もっぱらネットやメール、ホームページ作成に使ってきた最古参のパソコン二台があいついでクラッシュ(ともに御歳六歳)。
 そのため、それぞれにつないでいたスキャナも使用不能状態で、正直大変でした。
 さっそくニューマシンを手配したんですが、それが手違いのため納品が一週間遅れとなり(つまり今回の仕事には間に合わなかった)
 予備のノートPCでつないだり、いろいろ工夫し手を尽くして乗り切り、少し遅れたものの『戦闘女神アヌンガ』の連載原稿も無事収め、二巻カヴァーも昨日無事納品いたしました。
 小説すばるの挿絵は、久々のアナログ手描き原稿になりました♪

 若いころの私なら、精神的ストレスだけでもかなりなダメージだったと思うのですが、多少は修行が進んだというか(笑)何があろうと平常心で、淡々と乗り切っている間に、勝手に事態が収拾して(多くの方々のご尽力のおかげもあり)おまけに死んだと思ったメインマシンが、箱を開けたりいじっていたら思わぬ軽症で復活したり、おかげで、二台頼んだニューマシンの内、一台をキャンセルできたり(一週間遅れになってなかったら無理でした)
 人間万事塞翁が馬を実体験したこの半月でした。

 くわしく書くとかなりな波乱万丈で、正直こんなシナリオ俺書けないよ、な、とっても勉強になる展開がありまして
 いい体験をさせていただきました。
 いずれ作品に活かします♪

 きょうは次の回とその次の回のプリコンテをやりました。
 二巻は4月中旬発売予定です。
 ではではまたー♪
狐の嫁入り?
雨上がりの月
 日が暮れてから、昼間のいい天気が嘘みたいな雨。
 ちょうど一本仕事が上がって、傘を片手に買物に出たら

 あれ?

 真上の空には星が輝いてるのに雨が。
 向こうから雲間に月が顔出してきたのに雨が。
 狐の嫁入り・夜バージョン?

 なかなか素敵な空なので
 家に戻ってカメラを持ち出したら
 雨も上がってしまいました。

 三脚なしの手持ち撮影なんでブレボケしてますが、こんな月夜の晩でした♪
デジタルコミックへの偏見
『戦闘女神アヌンガ』20話13ページより
『戦闘女神アヌンガ』19話2ページより
 コンピューターを使ってマンガを描くデジタルコミックへの偏見がいまだにあります。
 けっこう根深い、一種のデマに近いものなのですが

 「コンピューターを使うとみんな同じ絵になる」

 という。

 ・・・・・・・・・。

 その理屈だと、私と同じマシンを買えば誰でも同じ絵が描けるわけですよね。
 描いてもらおうじゃないですか(笑

 私もKT先生と同じマシンを買えば同じ絵が描けるようになるでしょうか。ならないと思います。

 誰が描いても同じ絵になるのは、まったく絵の才能がなく、PCの作画ソフトの機能に頼る以外すべのない、ズブの素人の方であって、いやそれでさえ、どの画面でどのツールを選ぶかなど様々な局面でセンスの差が出て、けして同じ絵にはなりません。
 ましてやプロのマンガ家になりかけていたり、すでにプロになっている方が、同じ絵になることなどありえないと言ってもいいでしょう。

 この種の偏見は、私などよりずっと若い作家さんの中にもあって、パーティなどで会って話すと驚かされることがあります。
 一種の食わず嫌いというやつです。
 なまじアナログ手描きで何年もやってきた方が、何か自分の長年の積み重ねを否定されるような反発を感じて、毛嫌いなさっていられることもあるように思います。

 実情は私などより年配の、いわゆる大家と呼ばれるような方々の方が、ずっと高度で進んだシステムを導入なさっておいでです。先日も某有名少女マンガ家の大先生がフルデジタル化に踏み切られました。

 パソコンはあくまでスクリーントーンなどと同じ一種のツールに過ぎません(って十年以上昔からいろんな方が言ってこられてますが)。
 自分のセンスや才能を活かす道具の一つです。
 マンガ界や、そのアシスタント状況は今後も厳しいものがあり、以前のように人海戦術に頼って執筆が出来るのは一握りの恵まれた裕福な作家に限られていくように思います。
 一人でもこつこつと続けるための、執筆介護?の道具として
 パソコンは必要なものと思われます。

 いささか初期投資と維持に費用はかかりますが
 安心してチャレンジされることを、若い方にもお勧めします。
 才能さえあれば、けして同じ絵になったりはしません。
 万一他人と同じ絵しか描けなかったときは、アナログであっても才能がないということです。
 自分の技術がないのを棚に上げ、パソコンで底上げされた技術を自分の腕だと勘違いするケースもあるかもですが、それもまた一種の才能のなさですから、自然淘汰されていくでしょう。

 そういえば先日、修正液のミスノンを作っていた会社の倒産ニュースがありました。
 アナログの画材も時の流れには勝てないようです。

 私が近未来武術マンガ『セイバーキャッツ』を描いていた1990年代初頭には、ケータイ電話が今日のように普及する世界というのは予想もつきませんでした。作中の登場人物は、ブレードランナー的な未来世界にありながら、公衆電話で会話しています(笑)。

 今から五年後十年後、マンガ界がどのようになっているかは想像もつきませんが、デジタル化が後退することはないと思われます(するとすれば、わが国の文明レベルが後退するような想像を超えた大激変、ディストピア化があった場合だけでしょう)。
 現時点でも、もはや原稿の受け渡しは生原稿でなくデータで行っている作家さんも少なくなく、私もCDやDVD等のメディアに入れて送ったり、ネット経由で送信したりします。
 ついでに言うと、万一PCが故障して間に合わない際は、長年培ったアナログ技術がありますので、即座に切り替えて手描き原稿を宅急便で送ります。

 そもそも宅急便で原稿の受け渡しをするということ自体、近年になって普及したシステムで
 私がデビューしたころは、担当さんがわざわざ家まで取りに来られたり、駆け出しのころは自分で編集部まで持参したものでした。
 自分の記憶では、今の形(担当さん、あるいはその代理の方に手渡しせず、宅配便で送る)が定着し始めたのは、2000年以降のように思うのですが、編集部や作家さんによっては、もっと以前から行われていたと思われます。
 地方在住の作家さんは(有名なところでは鳥山明先生など)ずっと昔からそうでした。


 少し横道にそれましたが、
 デジコミ普及は時代の流れであり、なんら敬遠すべきものではありません。
 アナログが好きな方はその道を貫かれるのもいいですし、そこは完全に「好み」で自由だと思います。
 ただ、従来のようなアナログ執筆を続けることが困難になってきている状況で、何か食わず嫌いの偏見から足踏みしておいでの方には、その偏見をとりのぞき、安心してトライされることをお勧めするものです。
 こんなことは、すでにたくさんの先達がおしゃっておいでですが、いまだに無くならない根強い偏見を見聞きして
 一人執筆体制の中年漫画家から、老婆心の提言でした。ではでは;


追記
 誤解されるといけないので、念のため
 けしてデジタル礼賛ではありません。デジタル否定の偏見にひとことフォローを入れたかっただけです。
 人はそれぞれ自分の好む道を歩めばいいもので、他者の道を否定するのは越権行為です。
 私のはデジタルと言っても、輪郭や一部の影は手描きのアナログで、フルデジタルではありません。
 新旧よいところを使い分けて、クオリティアップとコストダウン、効率化を図るものです。
 あまったエネルギーは、おもしろい作品を作ることに振り分ける。
 
 昔、デジタル黎明期には、マシンとソフトを使いこなすのではなく、マシンとソフトに「使われて」同じような灰色の「眠い画面」と言われる作風に陥っておいでの作家さんが複数見受けられましたが、もはやそういう時代でもないと思うものです。
怒りのしろさん
 寒いと思ったら湘南はみぞれが降ってます。
 真夜中から仕事してた私は、そろそろ寝るんですが、その前に
 通い猫のしろさんの寝床の箱のフリースの下に、使い捨てカイロを入れておいてあげないと今夜は冷えるなと思い、さくさくカイロをふりながら箱の前に行きました。
 中をのぞくと

 にゃー

 いるよ、しろさん!

 まだ明るいうちから寝床で丸くなってます。
 そりゃそーだ、出れば濡れるし冷えるだけ。
 きょうは早々に引き上げてきたのでしょう。

 ごめんよしろさん、カイロ入れさせてもらうね。
 フリースの下に手を突っ込むと、すっげー不機嫌な声でにゃーにゃー抗議。
 がんとして出てきません。
 すまんすまんと言いながらカイロ搬入作業をしようとすると

 ガリ!

 あ、
 やりやがったな

 久々の前足アタックで私の右手から流血です。

 そりゃあんまりだよしろさ~~ん。

「わしよ許したまえ、彼は何をしているかわからないのです」(笑

 こりゃ素手での続行は不可能と見て、アメリカ製の護身用防刃手袋をはめ、再開。

 うにゃーにゃーにゃー!

 あっ、噛んだ!
 それもかなりなパワーです。防刃手袋なかったら筋やったかも。
 奥のフリースの上に陣取って、その下には手が入りません。
 ずいずい突っ込んだら、へたすると私は腕の筋とか首から顔面もヤバイかも。
 大事をとってバイク用の皮製ジャケットとフルフェイスのメットまでかぶり、作業再開。

 ああっ、でもできなーい、出てこなーい;
 にゃーにゃーにゃにゃー!
 ナントカの心、猫知らず;


 とうとう諦めて家に入りかけ

 ふと思い立って、紙皿にしろさん好物の猫用ビッケを盛って、ザラザラ鳴らしながら箱の前まで行き

「しろさ~~ん、ごは・・・」

 にゅーっと、前足が出て、全身が現れました。

 それかい!結局(笑

 お皿を持って、みぞれの降らないひさしの下まで移動すると、とことこ後を駆けてくるしろさん。
 よしよしごはんお食べねー、となでてお皿を置いて
 ダッシュで猫箱へ。
 食ってるスキにカイロ搬入無事完了。
 よかったー!

 また一つ要領を会得しました。
 泣く子と地頭とがんこ猫にはかないません。
 暖かくしてお休みよしろさん♪



「そしてあなたが助けたい人びとだが、彼らもまた、欲望を満たすために、それぞれの世界のなかにいる。彼らの欲望を通して以外、彼らを助けることはできない」
                             ニサルガダッタ・マハラジ
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