あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
200801<<1234567891011121314151617181920212223242526272829>>200803
100の苦悩より1の喜び(長いです今回;
先日ある方とメールのやりとりをしてて、とても感激したことがありました。
どうしてもアップしたくて、ご本人の了解を得て一部公開いたします。
 
 「いささか形而上」な内容や、堅い部分もありますが、あしからずご了承ください。全部お読みいただければご理解いただけると思いますが、別に特定の宗教とかの話ではなく、「人生観」の話です(何度も書いていますが、私は形而上的世界を認めていますがあくまで無宗教です)。


 まず、仏教の瞑想の一つにヴィパッサナー瞑想というのがあります。
 それ関連のブログで昔目にした一文が、あまりにも私の信条と合致していたのでここにアップします(これは、その感動したメールとは無関係です。私の知らない方のブログの一文です)。

「何が起きようとも、所詮この世のことは一時的な状態に過ぎない。
 好いことも消えるが、悪いことも消えていくのだ…。
 幸福にも、不幸にも終りがある。
 徳を積んで天界に行こうが、煩悩をほしいままにして地獄や餓鬼の領域に堕ちようが、やがて輪廻する。
 そのような、無常に変滅する現象世界そのものから、永遠に撤退しようという発想……。」

 まったくまったく同感で(笑
 私がもし何でも願いのかなうドラゴ〇ボールみたいなアイテムを与えられたら、真っ先に願うことがこれ。二度とこの世に戻らないこと。
 かと言って、何かの宗教で説かれるような、善行を積んで天国や極楽に行くとか、いい人生に生まれ変わるとかそういう「ご褒美」も興味なし。
 そのアップ&ダウンに私はもう何の興味もないわけです。
 もう一度生まれ変わって晴らすべき恨みも果たすべき願いも一切なし。それは無論、私が傷つけられた経験がないわけでもなく、やりたいことがないわけでもありません。人生で、殺したいほど憎んだ相手もいれば、見果てぬ夢も持っています。ただそれらに執着しないだけです。
 
 だからと言って、厭世主義の虚無主義で首でもくくるかというとそうではない。私は自殺は賛成しません(無論他殺も)。
 また、どうせ何やったって仕方ないじゃんと、いい加減に生きるつもりもさらさらなく

 日々謹んで与えられた境遇を受け止めて、建設的に前向きに思案し実現に向かってベストは尽くす。ただそれが万一かなわなくてもなんのこだわりもないのです。

 私にとって「今生」は、契約書にハンコを押して仕事をしている仕事場(スポーツのチームにたとえてもよし)みたいなもので、今この人生は私が私の名において選択し実行しているものであると。自分で選んで「捺印」した以上、けして最後まで手は抜かない。チームメイトにも同僚にもお客さん?にも不誠実なことはしない。それはまた自分にとっても誠実であることだ。
 しかし

 次の「契約更改」はしないかなと(笑
 何かの宗教で言うような、無理矢理転生を迫る神とかいるなら別ですが(古今東西色んな人が色んなことを言ってますが(選べるとか選べないとか、幻想だとかそうじゃないとか、まあ本当に色々)そのことを言い合っても時間の無駄ですから置くとして)
 私に選択権があるならハンコは押さない。
 どんな好条件、年俸アップを提示されても押さない。
 ゲーム自体に「飽きた」というのが結論だったりします。

 それはおかしい。
 日々すべてを感謝して暮らしてるんじゃなかったっけ?
 というつっこみがありそうですが
 はい、そうしてます。
 寝る前に、その日のすべてを感謝して一日を終えます。
 人は与えられた境遇を恵みとして生きる(差別その他非人間的な扱いや不正にあまんじるという意味ではありません)のが人生の極意です。
 ひどい事故で体の自由を失ったり、不治の病と取り組んでおいでの方が、その境遇をネガティブにとらえず、自分が成長するための貴重な糧としておられる話は、昔からいくつも見聞してきました。その最たる例は目耳口が不自由だったヘレン・ケラーでしょう。
 自分は、そういった過酷な人生を生きられる方からすればぬるま湯もはなはだしい日々ですが、目指す方向は同じつもりです。

 ただ

 ただですね。
 もしそれらの方々が、あなたにもう一度人生が与えられるとしたら、また同じ体、同じ病でやり直したいですか?と尋ねられたら、はたして何と回答されるでしょう。
 はい、もう一度同じハンディでやりたいです、と答えられるでしょうか。
 もしかしたら中には、はいと言う方もおいでかもしれません。
 でも私はイヤです。

 人生には色々な苦難があります。
 いじめや虐待もそうでしょう。
 中にはそれが、その人の内面を大きく成長させ、人間としての深みを生み出すための貴重な体験となるケースもあります。
 しかし、その人が、あれは貴重な学びだったから、ぜひまた同じいじめや虐待を受けたいと思うでしょうか。
 ほとんどの方はNOではないかと。
 私にとっては人生がそうです。
 幸不幸、運不運、みなかけがえのない気づきと学びでした。でももう「今回」だけで十分ですと(笑
 この学校は今期で辞めますと(どんなに小学校や中学校、高校などに楽しい思い出があったからと言って、毎日朝起きて同じ学校に一から通いたいとは思わないのと同じです。思う方もおいでなのかも知れませんが)♪
 いや、無論「落第」してもっと下の「学校」に行くのもごめんですけどね(笑


 さて、そこでいよいよ本題ですが(長いよ前置き!)(すみません);
 私の友人にOさんという漫画家さんがいらっしゃいます。
 私より10歳くらい?若い方で、ハートのある素敵なマンガを描かれる方です。尊敬してます。
 ちなみに、この方も無宗教ですが
 先ごろ話のついでにこういう話題が出まして、私がこの記事の冒頭に掲げた文章と信条をお話ししたところ、下記のようなお返事をいただきました。

「わたしは何度でも地球に生まれてきたいです~。
ミジンコでも虫でもどんな生き物でもかまいません。その時与えられた生を謳歌したいと思います。
わたしが先生ほどの苦労や苦痛を味わってないから言える事なのかもしれませんが、
苦悩もきっとたくさんあると思いますが、100の苦悩も1の喜びにはかなわない気がします。
これは生きてないと実感し得ない事ですから、何度でもこの世に生まれてきたいなあと思うんです。
神も人も超越してしまうのはさみしくないですか?
わたしは俗物である自分も(いやけがさす事は多々ありますが)結構好きです。
でもそれに甘んじることなく精神的な高みをめざしたいとは思っています」



 素晴らしい!!!(涙
 私はモーレツに感動(巨人の星)しました!!!
 いや、マジで!!!
 念のために申しますが、Oさんは別に人一倍恵まれた環境においでなわけではありません。 けしてセレブでもなければ、最近で言うところの「勝ち組」(虚しい言葉です)でもない。面倒も苦労も絶えない普通の人生をこつこつ生きておられる方です。

 私はOさんに以下のレスを返しました。

「まずはこのインドの説話をごらんください(昔ネットサーフィン中に見つけた、私の知らない方のサイトですが)。
http://www.song.c-e.at/eichi/eichi.htm
リストの17に「二人のヨギ」というのがあります。それです。
http://www.song.c-e.at/eichi/eichi17.htm

 Oさんは若いヨギです。
 私は蟻塚のヨギです(いやそんな大層な修行も瞑想もなにもしてませんから、それ未満ですが)。
 昔この話を読んで、さもあろう、だが私は若いヨギにはとうていなれないなあと思っていました。
 きょう私はその人に会えました。
 感激です。
 私は「今ここ」を生きることを目指して日々試行錯誤しているものですが、そのことを素直に体現しておいでのOさんに心より敬意を表します。
 作品や文章からかもし出されるなんとも言えない暖かな手触りは、この根源のポジティブさ、世界への愛だったのですね。
 あなたと知り合え言葉を交わせることを本当に光栄に思います。
 ありがとうございます。
 おかげできょうはとても幸せな気分です♪(本当です)」


 100の苦悩も1の喜びにはかなわない<欲張りな私にはとてもそんな言葉は吐けません。
 どうしても心の底で、もっとローリスク・ハイリターンな人生を望んでしまうんですが(笑)
 すばらしい言葉です。
 くりかえしますが、これは社会の不正や人の苦しみを知らん振りして「あれでいいんだ」とするネガティブな幸福感の話ではありません。自分が自分にふりかかってくる色んな出来事、幸不幸、運不運にどう向かい合うかという話です。
 人間が何かことを為す場合、最初の動機として怒りや恨みを用いることはよくあります。それは確かにある種のエネルギーを生み出し、それなりの成果を生み出すのは、歴史上の多くの出来事が証明しています。
 しかし長い目で見たとき、その根底にそういうネガティブな他者否定や攻撃性、破壊性を抱いた思想、運動は、けして良い結果を生み出さないと私は思っています。
 世界平和、世界の幸福はまず自分の平安から。
 自分が安らぎと愛で満たされることから。
 それなくしてありえない。

 「二人のヨギ」の寓話になぞらえるならば、私などよりOさんは、よほど「解放されている」(宗教的な言い方をするなら「神に近い」)方だと思います。
 きっと自分の身の回りや、読者の方々に、暖かいなにかを手渡していかれることでしょう。

100の苦悩も1の喜びにはかなわない

 そんな思いが増えますように♪
 長文失礼いたしました。


追記
 ちょうど通りかかったつまにこの記事を読ませたら
「ばかやろう!またこんな小難しい文章書きやがって!
 もっとくだらなく書かなきゃお客さんは読んでくれんぞ!」
 といつもどおり怒られました(爆
 続けて
「ミジンコになってもまた生きたいというのは、ある意味すごい悟りですよ。その辺の坊主なんかにはとても言えないセリフです。
 いったいOさん、なんの修行をしたでもないのに、どこでそんな悟りを得られましたか!」
 つまはこういうことに出会うと
 駄菓子屋であんこ玉を買ったとき、「当たり」のつぶを当ててしまったような気がする。同世代より若い方からそういうお話を聞けるのはなかなかないうれしーことですよとうなずきながら風呂に入って寝に行きました。

 さて仕事するか。

追記2
 昔ウルトラマンに怪獣墓場というエピソードがあって
 宇宙にある怪獣墓場から地球にやってきたシーボーズという怪獣が、何をするでもなく、ウルトラマンが戦いを挑んでも嫌がるだけで、つまらなそうに石を蹴って天を仰いで帰りたいよーってやってる
 非常に哀れをさそうキャラで印象に残っております♪(ご記憶の方も多いかと)
 私は最近ふとあれを思い出して、なんだかオレみたい・・って(笑
 いっそ「シーボーズ山本」とかハンドルネーム代えようかなんて(冗談です)。

 いや怪獣墓場に行きたいわけじゃないですけどね無論;
原稿上がったー!!♪
アンヌ0802

 ケータイ配信二話目19ページ
 きのう昼前に完成しました!
 手間のかかるところは数センチサイズのコマの仕上げに二時間半とかかかって
 上がらないよー!!ってベソ一歩手前でしたが、上がりました。
 しかし・・・・

 一話目と二話目
 予定の倍近く時間かかってます(平均すると一日一枚描けてないときも!);
 一話目よりは早くなりましたが
 このままではいけませんので、三話目はもっともっとスピードアップを図ります。うー;

 さて、
 本日は、先日ご依頼をいただきました、4月発売予定の某有名漫画最新刊の巻末コメント見開き原稿を描いてます。休日は当分ないですにゃ~~;♪
 皆様もくれぐれもご自愛のほどを。ではでは。
不機嫌は三大悪?のひとつ
 若いころ読んだ本に
 イヌイットだか、どこの民族だかのかかげる「人間の三大悪(三つだったと思うんですが)」の一つが
「不機嫌」
 というのがあって
 えらく納得した覚えがあります。
 二十年以上昔の記憶で正確な本の名前もどこの民族だったかも思い出せないんですが
 妙な小理屈よりよほど直球でいいモットーだと思うものです♪

 ただし、どこかのいんちきセミナーなどにかぶれて、洗脳されたような笑いを浮かべた人とか困るんですが・・・(汗
 あくまで内部に妙なひずみを持たない方向での上機嫌(てえか平穏な精神)を志向するものです。
化繊下着
 久々のカテゴリー「山本つま日記」ですが執筆は山本貴嗣です(すみません)。
 
 折に触れ臆面もなく己のつまを褒めちぎるバカ夫の私ですが(だってそうなんだから仕方ないです)
 不満がないじゃありません。
 さすがに50歳も近い今日ではもおほとんど過去の出来事となりつつありますが

 つまが化繊の下着を着ない!!

 なんのこっちゃって思われるでしょうけど
 
 私のつまは肌が弱くて天然繊維以外は着るとアレルギーでかゆくなっちゃうんでダメなんです。ですんでいつも肌着は綿100%。
 しかし

 いわゆる世のエロい下着って、たいがい化繊なんですよね。
 ヴィクトリアズ・シークレットとかですね、これは!とか思うのはみんな化繊。
 だからつまは絶対着てくれませんでした。

 じゃってんで昔絹の下着を贈ったんですけどね。
 やっぱり着ない。
「なんでよー」
「洗濯機で洗えないじゃん、手洗い面倒だから着ない」
「・・・・・・」

 人生いつ死んでも悔いがないように心がけてるつもりなんですが
 これだけは少し心残りで私(バカ
新聞の見出し
 知り合いの漫画家さんのブログで
 先日の日中サッカーに関して
 日本の某有名新聞の見出しが偏向はなはだしいとの記事を拝読。
 別にいまさら驚かないと言うか、だからあそこは取りませんが(偏向してるとは知ってましたが、あそこまでとは私も思いませんでした。って別に認識を「転換」ではなく「更新」「上書き」しただけですけど)それはさておき
 最近見たもっとも衝撃的な新聞見出しは先日の暴行米兵についての東京新聞のもの。

「危険な隣人いらない」
 は、まあ通常ですが、それに並んで
「基地外居住者「野放し」」

 テレビの朝の紹介コーナーで見て吹きそうになりました。
 いやー、論理的には「あり」なフレーズなんですが、絶対「わかって」やってますよねこれ。
 番組でもコメンテーターが淡々と「基地外」「基地外の米兵」とかを繰り返してて、音声だけ聞いてるとかなりシュールな番組でした。かけ言葉って言うんでしょうか・・・
下絵苦闘中
 ケータイ配信漫画二話目下絵中。
 鏡を見たりして色々試行錯誤してたんですが、ええい!どうしてもデッサン気に入らねえ!!
 ってんで久々にビデオカメラ持ち出して自分でポーズとって資料撮影、夜明け前に仕事部屋で一人苦闘してました。
 って別に裸体デッサンじゃなくてスーツなんですけどね(笑)(無論裸体のモデルには使えない50前おやじ)(爆
 一時間はつぶれたちゃったけど、でも少しでも納得いく絵ができるならお安い・・・ってお安くねえよ血の出るような一時間だよ!(泣

 って、きょうもスケジュールは押していくのでした。
 さあ仕事仕事;♪
今月のおよばれ♪
スニーカー

猫靴下と刑務所Tシャツ

車上のにゃんこ

 今月もまた、つまの母におよばれに、つまと一緒に行ってきました。
 お義姉さん夫婦も来て、私含めて5人で会食。
 きょうは河豚でした(うまかったー♪)
 河豚と言えば私の故郷山口県の名物ですが、ここ2~3年は多忙で帰省できないため、久々の舌鼓です。
 親孝行ならぬ子ども孝行をしてもらって、つまともども楽しく帰ってきました(お義母さんありがとう♪)

 今描いてる原稿が折り返し地点なので、ちょうどいい一休みになりました♪

 さてまた仕事にかかります。

 写真は、きょうのお義母さんの足回り(ヴィトンのスニーカーのようです♪)
 二枚目はお母さんからつまにお土産の猫模様靴下。
 横のTシャツは私が先日某所で購入したイギリスの刑務所のTシャツ放出品(380円!。ふっ、お義母さんの靴より少し安いな)(笑
 襟元のタグには「HM PRISON SERVIS」(HMはHER Majestyの略でしょうか??女王陛下の刑務所サービス!??)
 三枚目は帰りの道で見かけた猫!犬でこういうのよく見ますが猫は珍しいです。飼い主さんともどもご機嫌なようでした。
 ではでは~~♪
ハラをくくる2「狂気」
 前回の日記「ハラをくくる」の補足として「狂気」について少し書きます。
 ドラマや映画にはよく狂ったキャラクターが登場します(だいたい犯罪者か危ない人の役で)。
 でも見てて思うのは、ほとんどが、凡人が一生懸命に、あるいは適当に、基地外なんてこんなもんだろうと思って「演じて」るのが見え見え(ナメてるんですよね基地外を)。
 無論映画やドラマは演技なんですから、役者さんは本当の基地害ではないんですが(中にはモノホンもおいででしょうが)せめて見てる間くらい、お客を「だまして」くれないかなーと(笑

 実は昔、友人に売れない役者がいまして、大変男気のあるいいやつだったんですが、正直頭はあまり良くなくて(すまん)、あるとき
「基地外の演技なんか簡単だよな」
 って言ったことがあって、あとでつまが憤慨してました(笑
 そんなもんじゃねーよって。
 
 でもある意味一般の人の認識ってそれに近いのかもと思います。
 生前かのキュブラーロス博士がインタビュアーに「愛とはなんですか」と聞かれて
「あなたの中にあればわかる、なければわからない」
 と答えてました。本当に名言だと思うんですが
 「愛」のない人(乏しい人)に「あなたはなんでそんなに愛がないんですか」と聞くくらいバカなことはありません。返ってくる答えは
「え?愛ってなんですか?」
 というものか
「何を言うんですか、私はこんなに愛があるじゃないですか、あなたおかしいんじゃないですか?」
 のせいぜいどちらかでしょう。
 「狂気」も同じだと思います。

 「狂気」とはけして、映画やドラマに出てくるような、イッた目をして中空を見据えていたり、取り憑かれたような陰気な薄ら笑いで表現されるものではないと思います(それらは、ほんのごく一例にすぎない)。
 もっと深く静かにさりげなくそこにある。
 常人と変わらぬ姿をしてそこにある。
 しかしよく目を凝らして見ればそこには埋めがたい隔たりがある。そんなものだと思っています。
 僭越ながら私の中にもそれはあります。若いころ師匠のはるき悦巳先生に
「山本くんの漫画って基地外しか出てこんのよな」
 って言われたこともありました。
 つまは私を「良識ある基地外」と言います(笑

 前回の日記で、実はこの「狂気」についても言及したかったんですが、長くなりすぎるし焦点がぼけるのでキャンセルしてたんですが
 公開サイトの方のBBSで、あるお客様が感想として「狂気」についてもコメントしてくださって、すごいタイミングと言うか「言外の意を汲み取られた」と言うか、すごいよお客様!!!!!(泣

 私と同じ長州人の吉田松陰が
「道を興すには狂者に非ざれば興すこと能わず」
 と言ったそうです。
 そう言えばそんな話を聞いた覚えがあったように思いますが
 失念しておりました。情報ありがとうございます。

 ハラをくくってない(完全にくくった人はそういませんから、くくることのなんたるかを垣間見たことのない、と言うべきか)人の書いた、ハラをくくった(という)キャラクター
 凡庸な人物の書いた狂気の人物

 みなすぐにメッキのはげる張子の虎ではないかと思います。
 ただ、普通の人に真の狂気は理解できないでしょうから、それで「営業的」には十分成り立っているのがエンターテインメント業界でもあります(蛇足ですが、たとえば、なんでも自分目線に引きずり下ろして解釈する人がいますが、織田信長の気持ちが理解できるとか思うのは一種の不遜というか誇大妄想だと思います)。

 また、これは余談ですが
 前述の役者の友人
 役者としては無名のまま引退してしまいましたが、実は学生時代から某有名空手道場に入門していたり(山口県からはるばる四国まで行ってました)高校を出てからは有名キックのジムに通ったりして、その方面ではかなり鍛えた猛者でした。ストリートでの実戦経験も数知れず
 また、本当におとこ気のあるいいやつで、たとえわが身はどうなろうと友人の窮地を助けるためにはたった一人でもかけつける漫画の主人公みたいなこともした男でした(だから私は尊敬してました)。
 で、あるとき、彼が属していた劇団の芝居で、彼がチンピラの役をやることになりまして、
 主人公(だったかその相手役だったか)に向かって、インネンをつけて少し殺陣が入るんですが
 その芝居を見に来ていた某有名女優(映画やテレビでもよく出ておいでの方です)が、あとで座長さんに向かって
「なにあれ。ホンモノ(のチンピラ)使ってだいじょうぶ?」
 と言ったことがありまして(笑)。
 友人はけしてチンピラじゃないんですが、そういう連中との修羅場を山ほどくぐってて、土地のヤクザとモメた時など、間に入った刑事さんがうまくさばいてくれて危うく命が助かって、その後さっさと故郷を後にしたような人間なので、危ない連中の臭いとか空気をかもし出すのはお手の物だったんですよね。
 その臭いを見抜いた有名女優さんの眼力もすごいなと思ったものでした。
ハラをくくる
先ごろ
 某有名小説を薦められて読みました。
 主人公は女性で刑事だったりするんですが
 読んで感じたのが、多くのドラマや映画を見て感じる違和感。
 うーん、何か足りない。私の求めるものがない。

 んで、はたと気がついたんですが、最大のポイントの一つが、そう
「ハラのくくりっぷり」
 なんですね。

 ハラくくれてないよ、この主人公って。

 いや、よくあるドラマの掴み同様、冒頭は意味ありげにクールに装って出てくるんですけども、途中色々危機に陥ってくると、その対応が「凡人」なんです。
 冒頭の異常さはヒロインの一面であって、実はこんな人間味も・・・って意味なのかもしれませんが、私にはそうは思えない。ただの(あまり使いたくない言葉なんですが、今風に言うと)「ヘタレ」だなと。

 そんで気がついたんですが、「平凡な一市民」が主人公の場合は別として、私の愛するヒロインはアーニスとかアモウとかみんなもっとハラくくってる。小神野メイも(ああ見えても実は)そう。
 自分の生き死については無論のこと、愛する者の生き死にについても、ある程度ハラは決めてある。
 命ある限り精一杯生きる。
 死ぬときがきたら潔く死ぬ。
 可能な限りベストを尽くして、あとは知らない。
 私は私の行ける所まで行く。ただそれだけ。

 それは自分の人生のテーマでもあり、また、そういう方向でハラをくくってる人をこの目で何人も見てきました。
 けして目立って生きたりはしないけれど、人知れず、世間の中を淡々と歩んでいる。
 凡百のフィクションよりもよほどおもしろく、味わいがあって深い。
 愛する者と別れた人もいれば、殺人者もいる。
 みんなドラマの登場人物みたいに、ムダにテンションあげたりすごんだりしない。ただ淡々と生きる。生きる。

 それが人間だと私は思います。
 ゴルゴみたいに別次元にいっちゃったキャラではなく(あれはあれで、ああいう存在として好きです)あくまで淡々とした日常の延長線上にある「肝」のすわり。それが素敵だと思うものです。

 
 私もいつか最愛のつまと別れる日がきます。
 そんな話をすることがあります。お互いとうにハラはくくってるので
「お疲れさま」
「がんばれよ」
 そんな感じでいくかなあと。どっちが先かはわかりませんが。
 お互いそんなつもりでいます。
 愛と依存は違うので
 執着する気はありません(どこまでできるかはわかりませんが)。
 精一杯生きた者を讃えて送ろう。
 驚くべきことはなにもない。
 いささか悲しくさびしく、不自由ではあるでしょうが
 太陽が西から昇れば驚きますが、人が死ぬのは当たり前のことです。

 ドラマや映画、アニメ、漫画
 登場人物は毎回何をさわいでいるのか。
 何をそんなに驚いているのか。幼いのか、イマジネーションが貧しいのか。
 人は色々なのでハラをくくれてない人がいてもいいですが
 それしか出てこない作品はつまらないです。
 ネガティブなメッセージは発信しないのがモットーですので、あまりつっこんだことは申しませんが(「~はNO!」という物言いは私はしたくないのです)
 自分と世間一般(のエンターテインメント)の何がズレているのかの一端に、改めて気がついた貴重な体験でした。


 なぜ「くくった」人物が出てこないのか。
 考えられる理由はふたつ。

 作者がくくれていないから(そういう人物を思いつかない)。
 書いても読者が理解してくれない(つまり売り上げにつながらない)から書かない。

 文句があったらおまえが書け
 と言われるでしょうが、問題はただ書くことではなく
 お客様が楽しめるように、素敵だなあと思えるように表現する
 それがきっちりできるかというところ。
 できてたら今頃左うちわなんですけどねえ私(笑



追伸
 もっとハラがくくれるといいなあ、と日々思ってる私は
 それがくくれてない何よりの証拠なんですけど(爆
ふたり
ふたりの老人

鯉のいる川

 仕事で使う風景資料を撮るためロケハンに町をうろついてました。
 川の上にかかった鉄道の下をくぐるトンネル状の橋を渡ってたら、前方に中むつまじい老人の男女が。
 たぶんご夫婦なんでしょうが(ちがうかもですが)この後橋の出口あたりで、もっとよりそって上半身を傾けて会話してました。
 なんだか微笑ましくて一枚撮ってしまいました(もっといいシーンあったのに、私は自転車を押してたもので、うまくカメラを構えられませんでした。残念!)。
 橋の下の川には鯉がいます。
 暖かな昼下がりでした♪
きょうから二話目にかかります
冒頭イラスト080206

 昨日、ケータイ配信用漫画の扉絵(どしょっぱなに表示するカラーイラスト)を完成。
 きょうはS社の方と打ち合わせに行くので、その前に宅配便屋さんに寄って発送します。
 こんで心起きなく二話目の執筆にかかれます♪

 先月フォトショップと苦闘したおかげで、いささか体で覚えた技術もあって、以前よりイラスト楽に描けました(笑


 ケータイ配信でご覧になるお客様は、雑誌や単行本の紙媒体のお客様と層がずれていて、足を引っ張ることはないと言います。
 また重なっているならいるで有効活用して、新しい単行本が出る直前に、それまでの巻を配信しておいて、続きは新刊買ってくださいという戦法をとる出版社もあるとか。
 電子書籍はもはや無視できないジャンルです。
 ちなみに、PCで見る電子書籍なら私も数年前からイーブックジャパンでやっていただいてますが、ケータイは料金払いが気楽なのでより幅広いユーザー(利用者数の点でも)が見込めるようです。

 そういえば先日聞いたおもしろい話では
 あるエッチ系の漫画家さんが、ケータイ配信したら、それまで著作がアマゾンの順位で4桁だったのが2桁にアップしたとか。
 でも一般書店では動きがないので、恥ずかしくて買いにいけない層が動いたのではないかという話でした。私もそういう神風吹いてほしーなー(笑


追伸
 拍手コメントくださってるお客様、ありがとうございます♪いつも楽しく拝読しております~~。
ゲテモノと本物
 ご存知の方もおいででしょうが、若いころ異端の画家と言われた片岡球子画伯が1月16日急性心不全で亡くなりました。103歳でした。
 なんと言うかかなりユニークな画風の方で
 いわゆるきちんとしたデッサンとか写実・・という一般の方が思われる「うまい絵」を描く方ではなく
 晩年の代表作の肖像画などを見ても、今風に言うなら「ヘタウマ」みたいな味のある方でしたが(けしてバカにしているのではありません、あしからず)
 
 1月22日の読売新聞に載った記事を読んで「おお」と膝を打った下りがあったので転載します。

「もともと花嫁修業の一つとして、東京で日本画を学ぶことを許された。悩んだ末に本格的に絵の道に進むことを決意したが、展覧会では落選続き。「落選の神様」というあだ名をつけられた。ゲテモノの絵を描くとまで言われたが、小林古径から「ゲテモノと本物は紙一重です。あなたは、そのゲテモノを捨ててはいけない」と励まされた」

 すごいこと言うなあ小林古径(笑)。

「この言葉を支えに批判をはね返した。自身、不遇時代を振り返って「片岡さんが歩いたところを通ると、絵が下手になると言われ、みなが右を歩いたけど、私は左を歩いた」。強烈な気迫で個性を鍛え抜き、新たな日本画のあり方を切り開いた」

 そうで、誰にもできることではないですが、もおやり通したもん勝ちみたいな、爽快さを感じます。
 90歳過ぎても一日10時間以上執筆に費やしていたそうで、最後までやる気満々で生き抜かれたようです。
 こういう人の話を聞くと、自分も中年半ばでヘタレてられません。

 しかし小林古径の励ましは名言です♪
誕生祝
2008カード1

2008カード2

 今年も色んな方から年賀状&バースデイカード(元旦生まれですので)いただきました。
 中でも一番かわいかったのがこれ!
 くださった方のお許しを得まして(お名前は公表しないということで)アップさせていただきます。
 わざわざノリで毛糸や人形貼り付けてあるんですよ。つぶれないよう発泡スチロールで作ったプレゼントボックスみたいなカバーまで(裏側、くり抜いてあります)。
 こんな愛があるバースデイカードめったにないです。
 心より感謝感激です。
 ご本人は「絵心とかないんで」とおしゃってますが、とんでもない。
 素敵なセンスだと思いますー!
ケータイ配信一回目原稿完成♪
 昨年暮れからかかってたケータイ配信用描き下ろし連載漫画第一回の原稿(19枚)が完成、先ほど編集さんに無事お渡ししました。
 色々と初めての手法もあって試行錯誤いっぱいで、予想外に手間ヒマかかっちゃいましたが、必要は発明の母、気づきのきっかけですね(人生の基本ですね)。フォトショップの使い方も、いつもトロくさい私は何ヶ月もかかって理解するところを一週間くらいで学ばされたような感じがします(笑
 配信開始は4月くらいになるかもしれません。

 1月は例の体調不良で病院に検査に行ったり、お食事会や新年会などもあってかなりイレギュラーな進行でしたが、それを差し引いても時間かかりました。近年のスローペース記録を作ったかも(ロケハンで撮影した風景をフォトショップで加工し、作画した通行人、スクーターで走る主人公、手前の対向車をそれぞれ速度変えてぶらして合成とか。変身後のヒロインの背部の筋肉全部別パーツでアルファチャンネル作成して塗って、メリハリ効き過ぎてガウスでぼかしてブラシで修正とか。コマによって実験色々)。
 今後は無論取捨選択し、スピードアップすると思います。2月はもっとてきぱき行くでしょう。
 とりあえず今日は寝ます。ご声援くださった皆様ありがとうございました。
 ではではまたー♪

追伸 三山のぼる先生の追悼本が春に某社より出版される予定だそうで
 私もコメントを求められまして昨日原稿送信しました。私より縁の深かった山田貴敏氏もコメントしてます。楽しみです~~♪
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