あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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秀吉
秀吉

 1996年に竹中直人主演で放映された大河ドラマ『秀吉』。
 当時某社で、NHKに許可を得たタイアップのアドベンチャーRPG(だったか?)ゲームが企画されまして、私がキャラクターデザインを依頼されたのですが
 私は契約どおり百体に及ぶ主要キャラから雑兵に至るまでのデザイン(全身前後ろ)を期限内に行い、パッケージイラストも完成させたのですが、シナリオその他の工程が遅れて製作が97年にずれこみ、肝心の大河が終わってしまい、今更発売しても・・という上の判断で開発が中止になってしまいました。

 私がゲーム関係の仕事から撤退する原因の一つになった(同様に私とは無関係の原因でオクラになったゲームが複数ありました)ものです。

 ゲーム製作の困るところは、一年がかりとかでやった仕事が、まったく日の目を見ることなくパーになること。
 しかも、版権の問題で、そのオクラのイラストを私が発表する権利がないこと(このイラストは何年も経ってから、やっとOKをもらったものです)。
 つまり、内部事情を知らない一般の読者からすると、その仕事に費やした期間は、作品として完結した成果が見えないため
「ははあ、山本は仕事がないのか」
 としか思えないわけです。
 イメージというのは侮れないもので、作品発表の機会を失われる脱力感と、それに伴うマイナスイメージを考えると、もうこれ以上この業界で働くのは辛いなと思い、何作目かの同様の中止事件があったとき決心したのでした。

 というわけで、ここしばらく(先のことはわかりませんが)ゲーム関係の仕事はしていません。
 『秀吉』に関しても、この一枚を除いてすべてのイラスト(キャラデザ等)は残っていません(発表の権利がないのに持ってたって仕方ねえじゃんとブチキレて廃棄したような気もします)。
 ちなみに、このイラストの執筆は1997年の2月5日となっています。まだCGを導入する以前の、全部手描きの時代です(遠い目
 どうせもう翌年にずれ込んでたんだから、パッケージイラスト頼む前に中止してもらってたら、無駄骨折らずにすんだのにとも思いますが、まあこれはこれで良い想い出かもでした♪


追記
 原画はA3スキャナでも取り込めないサイズのため、上下左右はトリミングしてあります。
盗作問題に思う
 私は不勉強で知らなかったのですが、有名なSK氏がG社から出したUFO関連の著作で、Mという人のブログの文章を盗用したとされる問題。
 昨日知人のブログで知って、いくつか検索かけてみました。
 うーん。
 私の見る限りでは、こりゃまあどうしようもない(言い逃れしようもない)わなあと思ったのですが
 SK氏が思い切りマスコミでも顔の知られた有名人ということもあり、多くの方々があちこちでとり上げておいでです。

 で、思ったのですが
 これってSK氏がマイナーな人で、盗用されたM氏も誰もろくに知らない人だったりしたらどうだったろうと。
 知名度があればこそ人も騒いでくれて話題になり、見過ごされずに済むわけですが(むやみに騒ぐ野次馬行為は賛成しませんが、そうすることで問題を世に知らしめるという面もあることも認めます)
 世の中には人知れずひっそりと進行している(あるいは過去に進行してきた)同様の事件がいっぱいあるのでしょうね。

 ネット社会で自分の創作物(文章にせよ映像にせよ)を不特定多数の方々に向かって公開するというのは、常にこの種の危険性をはらむ行為です。
 先日少し申し上げました、私の妻が書いている猫の話なんかも、世の中にはブログから出版物になる作品もあるんだから、さっさと公開しちゃったらどうかというご意見もあるのですが、こういうことも考慮に入れると軽々にアップもできないでいます。

 「やっちゃった者勝ち」という考えの人はいっぱいいますし、オリジナルより先に有名になって、あとから出てきたオリジナルの方が逆に盗作者の汚名を着せられることもないことではありません。

 また、今回のようにあからさまな大量盗用が見られるものは、まだ分かりやすいですが、こそっと一部分だけパクった場合、わかりにくかったりうやむやにされる恐れが大きいです。
 たった一行くらいいいじゃないか、うるさいこと言うなよ、という方もおいででしょうが
 たとえば、分かりやすくするために極端な例を出しますが(もっといい例があるでしょうが、今思いついたものとしてとりあえず)
 あの天下の名作『北斗●拳』が、あんな有名誌に載った有名作品じゃなかったとして、どこかの作家が
「おまえはすでに死んでいる」
 の一文だけいただいたとしますよね。
 いいじゃないか、たった一行くらい、で済まされるものなのか。法的にどうなのかは知りませんが、ものごとにはキモの部分というのがありますし、たとえ僅かでもそういう部分を盗まれるというのは痛いものだと思います。

 一方で、平行進化と言うか、シンクロニシティと言うか、ほぼ同時になんの関係もないAさんとBさんが、酷似した発想を得ることも時折あることで、そうなると、やろうと思えば法的には決着をつけることはできるでしょうが、真実は永遠に藪の中です。

 とりあえず、とっておきのネタは、正式な出版物になるまでネットなどでは公開しないのが吉ですね。
 怖いのは本当に偶然の一致で似てしまったものが、こんな偶然なんてあるものかという決め付けで「有罪」にされ、それが世間の共通認識になってしまうことです。
 あまり心配しても始まりませんけど(笑
チベット密教の護摩
チベット密教の護摩

 昨日は仲良しの友人に誘われて、湘南から東京を横断、はるばる埼玉県まで取材に行ってきました。

 チベット密教の高僧ガロンドゥンドゥプ・リンポチェ師の護摩が、川口市のお寺で行なわれたのですが、非常に内々なもので急遽決まったということもあり、聞かされた私も執筆中のコンテを置いて出かけました。

 密教と言うと日本では高野山などが有名ですが(誘ってくれた友人は高野山の方)チベットのそれもあい通じるものがあるそうで、この目で見れる機会はそうそうないので後学のためにも参上しました。
 写真がそれ(準備中)です。

 後ろの方中央においでなのがリンポチェですが、勝手にお顔を写してはいけない(撮った後で知った)そうなので、フォトショップツールで消してあります。

 集まっておいでの方は大半が信者の方のようで、護摩が始まる前から地面にすわって経典のようなものを開いて、有名な「オム・マニ・ペメ・フム」を唱えておいででした(つまりチベットの方々)。ああ、こういう抑揚で唱えるのかというのが、ナマで聞けたのは感激でした。
 こういうネットの場で、私は極力政治的な問題は触れない事にしておりますが、チベットは政治的に不幸な歴史があり(それは今でも続いており)、おいでになったリンポチェもヨーロッパに在住の方のようです。

 護摩が開かれた大徳寺は真言宗のお寺なのですが、縁あってこういう機会を得られたそうです。
 大変貴重な体験でした。


 蛇足ですが、半分予想はしていたのですが、悠久のチベット時間と申しましょうか
 午後二時開催予定が、先に都内で行事を済ませて来られるというリンポチェ師の到着が遅れ、お見えになったのがなんと4時ごろ。
 それから新聞記者のインタビューなどあって、実際に護摩がスタートしたのは5時前後。
 実に3時間のずれを、炎天下ずっと戸外でお待ちになっていた信者さんがたもすごい!

 自分が15分遅れてもお腹が痛くなりそうになる小心者の私などには、とうてい及ばぬ境地です(笑


追記
 私は、護摩の最中、燃え上がる炎の前で、賢明に手を合わせておいでの方々の後姿に、この方たち一人ひとりに他人にはわからぬ悩み苦しみ、人生があるのだなあと思うと、己のことも含めて涙を禁じ得ませんでした。
 無論祈りと言ってもピンキリで、ただただ他者の幸せを願うものから己の欲望をかなえたいだけのものまで様々でしょうが、必死によりよい生を願う気持ちには変わりなく、厳粛な気持ちにさせられるのでした。
ホワイト芸
ミスノン画

 古い原稿の整理をしてたらこんなカットが出てきました。
 コミッカーズ誌の連載で描いたもので、拙著『本気のマンガ術』に収録されてたと思います。

 事務所などでおなじみインク修正液のミスノンの蓋についてる筆だけで黒い紙に描いた絵。黒いところはインクで塗ったんじゃなくて塗り残しただけです。
 サイズは横が12.3cm、縦が9.6cmです。
 1996年の1月15日のサインがありました。

 当時のミスノン筆は質が良かったこともあって、他にペンとか一切使わずこういう芸ができました。
 その後、どんどん質が悪くなって、筆なんか穂先がばらばらだわ、修正液自体も薄すぎて使い物にならなかったり濃すぎたり。
 とにかくひどい時代に突入。
 それが何年か続いて
 近年ようやく持ち直してきたようですが、もはや昔日の面影はありません。

 まあ私自身、ミスノン筆でこういう芸をする気力も今はないです(笑 
 アシスタントに伝授できなかった技術の一つかもでした。
コピー機トラブルもう2年半のその後
7月3日に書きました日記「コピー機トラブルもう2年半」のその後

やっと本日26日午後二時ごろになって代替機を搬入。
設置して帰ったんですが

さっき原稿プリントしたら漫画家には命の「ベタのノリ」がだめだめ。
 あちこちにうっすら白く「もや」ってます。 漆黒の闇が霧の夜です。

さっそくサービスに電話したら5時半に来たのはいいけど
「この機種はきょう修理に持ち帰った前のタイプなんでベタのノリは良くないんですよねー」
 ほほー、うちがなんの商売だか知ってるはずだが、
 気にもしてないんだよなあたぶん。
「あしたドラムを交換してみます。もう少し良くなるかもしれないんで」

 私も事務的に応対しまして
「もしこの代替機も使い物にならなかったら、改めてまたキャノンの本部に連絡させていただきますが、ご了承くださいませ」

 さてどうなりますことやら


追記
 7月27日
さっきサービスの人が来て、ドラムやトナー代えました。
全然だめです。等間隔でうっすら白い帯が出て、漫画家の原稿には使用に耐えません。
 がんばって来週修理したマシンを搬入するそうです。
猫の話
見返りミケコ

 つまが密かに、いや別に密かにでもないんですが
 独身時代彼女の近所にいた猫たちの物語を列伝風に書き綴っています。昭和の時代の話です。
 人間も顔負けの人格者(人格猫)とか、エロエロ色魔猫とか様々な猫の生き様、栄枯盛衰を書いています。

 その内、私が漫画化するか、挿絵を付けて本にできたらと思うものです。
 つまは独特の語り口があり、それも捨てがたいので、それを活かして私は挿絵に留めるのが良いのではないかと思ってはいるのですが

 正直どこに持ち込んだら良いか。
 先日も集英社の担当さんとお会いしたとき、少し話を出してみたのですが、集英社には猫雑誌ってないんですね
 猫雑誌もピンキリでどこが向いているのか(取り合っていただけるかどうかは別として)。

 私は漫画以外のことは全然不案内でわかりません。
 最近はブログで発表して好評なら書籍になんてパターンもありますね。
 なにか良いルートがあるといいのですが・・・
 いろんな方から情報収集中です。


同人誌という手もあるけど、できればちゃんと正式な出版物にしたいですにゃー
打ち合わせ&打ち上げ
 昨日は久々に上京しました。
 集英社の担当さんと新作打ち合わせ。
 基本プロットとキャラ設定をお見せしまして、手ごたえ良好。これからコンテに移ります。

 その後、先ごろ連載終了した『紅壁虎(ホンピーフー)』の打ち上げで、銀座へ。
 担当さんのご好意で、連載時色々と協力してくださったデジタルノイズの元締めコレサワシゲユキさんと、背景協力の南あゆむさん、コバシミサコさんも合流。
 和食の店で野菜オンリーのコース(私が肉食わない人なせいで担当さんがセッティングされたようで)だったんですが
 私はてっきり1時間半くらいで終わって解散かと思いきや、夜の7時半から始まってデザートまで全部食べ終わったのは11時過ぎでした。こんなコース初めてー!!!(おなかいっぱいで苦しかったです)

 おもしろいのはお店を出るとき「おみやげ」を店員さんに手渡されまして、私は湘南へ戻る終電が心配でさっさとポケットに入れて帰ったんですが
 うちについて見ると
「内服薬」
 と書いた病院の薬袋みたいなのに
「食前
 食間
 食後
 就寝前(太るよ!)」
 とあって
「食後」に丸印がボールペンで(これまた病院ぽく)記してありまして
 中をあけると、こんぺいとうとかお菓子が少々入ってました。
 おかしー!!(しゃれかい)(爆

 担当さんには一度コレサワさんたちをご紹介したいと思ってましたので(双方に益ありと)念願が果たせて万々歳でした。
 今月後半最大の山場がすんで、肩の荷が降りた感じ。
 きょうは一息つく予定です。

 ここ数日は完全カタギ時間に寝起きしてるので(昨日は朝7時起床)夕べは戻る電車の中で、一駅ごとに意識喪失してました。近くの駅が終点の電車だったから心配はしてなかったけど、熱海行きとかだったら危ないとこでした;
私の体調不良→新発見
 原因不明の体調不良
 つうか、背部痛と腹部痛、胸脇苦満など、もうほとんど10年来の持病なんですが(出たり消えたり)
 先ごろ東洋医学系で検索してたらこんなん見つけました。

「痃癖(肩癖)(けんぺき)は肩から背中にかけての痛みや筋肉のひきつり、肩の張り等を
伴う肩こり、五十肩などの症状をこう言います。
他に腹部、わき腹などの腹筋の張りやひきつりも痃癖の症状です」

 背中も脇もおなかも張って痛いのまんまです。
 原則、私の場合右半身にくるんですが、今月は珍しく左半身にきてます(そういうこともたまにあります)。まるで右半身の症状を左右反転させて左側に鏡像として持ってきたみたい。

 あんまりしんどいんで、いつもお世話になってる漢方の先生に相談したら、「芝胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)」を薦められました。
 とりあえず二回飲みましたが、かなり改善されたようです♪とりあえずこのまま飲み続けてみようかと。
 確かにこの薬の応用範囲に「痃癖」もあるんですよね。
 ネットで調べると同様の症状、とりわけ今回のように左半身にくる例には「延年半夏湯(えんねんはんげとう)」なども良いようですが、これは調べた限りでは既製品の薬剤がないので、どこか薬局で調合してもらうしかなさそうです。

 右半身にきてる時、どこか内臓が悪いんじゃないかと何度も病院で、血液検査、レントゲン、CT、はては胃カメラなども何度もやりましたが、胃、十二指腸、胆嚢、肝臓、すい臓、いつもノープロブレムなんですよね。
 だもんで、今回もすぐには行かないで様子を見ています。

 新作のイメージが固まらなくてプレッシャー感じてたのもあったように思いますが、ちょうど薬が届く前後に、ヒロインのイメージがすとんと腑に落ちて気が楽になったのもあって(もう一つはこの「痃癖(けんぺき)」という症状があることをネットで発見したこと---別に珍しくもない症状であることがわかって安心、と言うと変ですが、なんだか分からないのが一番不安ですから)体が少し上向くきっかけになったようです。

 とはいえ、けして早合点はせず、何か様子を見て問題があるようでしたら、それはそれで病院に行きますが。

 皆様もどうかご自愛ください~~♪



追記
 拍手コメントにメッセージを寄せてくださるお客様、ありがとうございます。ありがたく拝読しております♪
拙著『本気のマンガ術』とアガペー
 いきなりどういう取り合わせだと思われるでしょうが、以前から思うところありまして。
 『本気のマンガ術/山本貴嗣の謹画信念』というのは、昔私が出したマンガの作画技術のノウハウ本です(唐沢よしこさんとの共著です)。
 時々褒めてくださる方もいらして恐縮なのですが、逆にずいぶん毛嫌いされる方もおいででした。

 理由は色々ありますが、その最大のものは、私の辛らつな物言いでしょう。
 同書を描くことになったそもそもの発端は、私が二十代のころ、自分のアシスタント向けに作ったアシスタントマニュアルでした。二十代と言いますともう気性も激しく鼻っ柱も強い真っ最中でしたから、それは過激な物言いで
「ここでこういうミスする奴は市中引き回しの上、打ち首獄門」
 みたいな感じで書いてました(笑

 で、それをどこで入手したか、美術出版社の編集さんが、こういう内容の連載を雑誌でやってくれないかと言われて、それで始めたのが同書の元になったマンガの作画講座でした。
 連載したのは私が三十代のころで、二十代よりは人間が丸くなっていましたが、まだまだトゲの多い頃でした。 
 持てる技術のすべてを尽くして描きましたし、けして間違ったことを描いたつもりはないのですが、今思うと色々反省するところだらけです。
 一言で言うなら「愛が足らなかったなあ」と。

 書くと長い話になるので、かいつまんで申しますが
 西洋的に言うなら愛にも三種類ありまして
「エロス・フィリア・アガペー」です。
 大雑把に解説しますと、エロスは「●●さんが好き」というような特定の個人に対する愛。
 フィリアは特定の集団に対する愛。
 自分の属するグループとか国家とかに対する愛です。
 いずれも、その対象外の人には注がれない愛です。

 これに対して最後のアガペーは、無条件の愛です。
 一切の見返りを求めない。すべての存在に注がれる愛。

 『本気のマンガ術』には、フィリアまではありましたがアガペーはありませんでした。
 理由は、アシスタントマニュアルという原点にあります。
 正直言って、才能のないアシスタントくらい迷惑なものはありません。気分の問題ではなく、仕事が実際に台無しになります。時には締め切りに間に合わないことさえあります。
 マンガに限らずどんなジャンルでも(スポーツでもTVゲームでも家庭菜園でもなんでも)人には向き不向きというものがあって、その方面の才能のない人はそのジャンルから早々に撤退するのが、その人の人生にとっても得策であると、当時の私は思っていました。
 同書の端々に、そういう私の思いが覗いています。

 平たく言うなら、この条件を満たす人はおいでませ、満たさない人はあっち行って、な感覚です。
 おいでませと言われた人はいいですが、あっち行ってと言われて気分の良い人はいません。
 ムカついた方がいらしたのも無理からぬことと思います。


 人生には様々なルートがあって、回り道もまた人生においては価値の有るものだと思うようになったのは、40代も少し入ってからでした。

 今私が同書を描いたなら、まったく別の語り口になるでしょう。
「汝裁くなかれ」
 とはおなじみイエスの言葉ですが
 こいつはOK,こいつはNOと言う判断は、軽々にするもんじゃないなと近年とみに思います。
 交換条件や「値札」のついた愛ではなく、言葉も行いも、無条件の愛をどこまで添えて差し出せるか。
 誰かに何かを忠告したいときも、愛が添えられない場合はしない方がいいと思っています。
 
 同書を読まれて喜んでくださった方には心からお礼申し上げます。
 不愉快に思われた方には、心よりおわび申し上げます。
 山本○嗣の長年の技術の蓄積と、若気の至りが詰まった一冊でした。
休日万歳♪
 て言うか
 昨日夕方寝まして夜中12時過ぎに起きまして
 メシ食ってメールチェックとかしてたら、どうにも背中とかおなかとか痛くてしんどいのでまた夜中2時ごろ寝ました。
 朝7時前に起きたけどやっぱり調子悪くてごろごろ。
 昼前につまにおかゆ作ってもらって食べて、一日寝室でうとうとしてたら、夕方かなり回復痛みも治まりました。
 うーん、休息睡眠偉大なり。
 まったく仕事はできませんでしたが、きょうはお休みでいいや;
 さて、これから風呂に入ってまた寝ます(笑

 こんなに一日寝てたのって何年ぶりかなあ・・・・
 いつも仕事ばかりで

 そうそう最近大真面目で思いますね、どっかの宗教じゃないけど、自分用の「安息日」って作った方がいいなって。
新作思案中
仕事机の裏

 すでに思いためたことを箇条書きにしたりして
 ごろごろしてますと、バカな考え休むに似たりなどと申しまして、本当に寝ちゃったりして(爆
 あー、何やってんだオレとか;

 仕事机の前で横になりますと、ちょうど机の裏側が見えます。
 ミケコが生きてたころはこんな光景も見れたんですが♪

 さーて、また思案を続けますかにゃ~~;

追記
 ミケコは昔、やんちゃで天井裏に上がったりして困ったことがあって、万一にそなえて捕まえられるようにロープつけてたんですが(首輪でなく胴輪というかハーネス。首につけてるのは蚤取り首輪)蚤取り首輪はかなり若いうちに取っちゃったし、ハーネスも後年はずしましたから、これはかなり昔の写真のようです。
夏蜜柑丸漬と萩乃薫
夏蜜柑丸漬

夏蜜柑丸漬と萩乃薫

 朝方、『弾(アモウ)』48話原稿完成。
 今日はごろごろお休みします♪

 来週末に集英社の担当さんと久々にお会いするので、それまでちょうど一週間、やっと新作の案が練れます。
 思えば春に『紅壁虎(ホンピーフー)』終えてから、少し一息つけるはずが、義父の入院や急死で取り込みが続き、休みらしい休みもなくずーっと忙しかったです。
 おかげで全然新作を詰める余裕がなくて。
 あれこれイメージは浮かぶ端からファイリングしてきたんですが、これでやっと少し落ち着いて向き合えます。

 とはいえ、まずは一息。
 えーと。
 
 画像は田舎から先日マーマレードと一緒に送ってきた御菓子。
 いずれも夏みかんマーマレードと同じ会社(光國本店)の製品(偶然です)で
 左側の丸いのが「夏蜜柑丸漬」
 右の萩焼の皿に乗せたの左がその切った一切れ、右半分は同社の御菓子「萩乃薫」です。

 つまの持っていた文庫本『53ケ所の旅先で旨い菓子見つけた』(入江織美・著/小学館文庫/1999年初版)に記載がありましたので、少し長いですが引用します。

「萩には夏ミカンを使ったお菓子が数々ある。そのなかで、夏ミカンの香りやほろ苦さを生かした光國本店のものは絶品である。
 萩のミカンは、今から焼く230年ほど前の安永初年、青海島に一つの果実が漂着したことに始まる。この果実の種を蒔き、成長したのが萩の夏ミカンの原樹である。明治維新で禄を失った士族のため、毛利公は夏ミカン栽培を奨励し、本格的に出荷をするようになった。
 明治13年、以前からあった夏ミカンの皮のお菓子を菓子司光國作右エ門が改良し創業。これが現在の「萩乃薫」である。夏ミカンの表皮を1ミリほど削り取り、残った皮を一晩水にさらしてアク抜きをする。翌日ゆがいて、再びアク抜き。3日目に糖蜜(砂糖シロップ)で煮て乾かし、グラニュー糖をまぶす。土産屋に、まるで砂糖を食べているような同種のものがあるが、それとは全く異なる味わい。ごまかしのない夏ミカンのお菓子である。

「夏蜜柑丸漬」は表皮を1ミリほど削り、中身をくり抜いた夏ミカンを「萩乃薫」と同じ工程で進め、中に天然夏ミカン香料を入れた白羊羹を流し込む。形を整えながら焙炉で乾燥させ、五日目にやっと出来上がる」


 ふーん、
 そんな手の込んだ製法だっのか。
 などと言いながら食べてます。
 しかし、こんな本に載ってる品を狙ったように送ってくる母もなかなかやるな(しかし全部同じ会社の製品かよ!!)(笑
長寿猫カーさん
 すでにご存知の方もおいででしょうが
 横浜の有名な長寿猫カーさんが24歳大往生だそうです。
http://mediajam.info/topic/156786
 最後の日も、いきつけの近所の店に自分で「ご飯」を食べにでかけての帰り、道で眠るように死んでた(事故ではなく)とかで
 すげー!この歳で足腰きっちり最後まで!
 心より黄泉路の平安をお祈りします。寂しくなるでしょうねえ、カーさんの町;

 ちなみに人間の話になりますが
 先日テレビで100歳前後のご長寿じじばばさんたちにインタビューしてましたが
 70歳で太極拳を始めてもう30年とか
 人生で一番驚いたことは2.26事件とか関東大震災とか
 原節子さんは新しい女優さんとか
 聞いてるとめまいがしそうな方々が続々で
 とっても楽しかったです。
 「そのとき「も」歴史が動い」てた、ような人だらけで、ご本人もそのまま歴史の一部みたいなー♪
夏みかんマーマレード
夏みかんマーマレード

 先日実家(山口県)に電話する用事があったので妻に
「なんか送って欲しいものある?」
 と聞いたら
「夏みかんマーマレード」

 以前、私が一人で帰省した折に土産に買ってきたら、えらく気に入って
 そういう妻は江戸っ子ですが
「これよりうまいマーマレードは食ったことがない。和菓子のような洗練された品の良さがある」

 でさっそく母が送ってきました。

 今時直球勝負のカンヅメです。
 プルトップとかなんもなし。缶切りでギコギコあけて、保存は勝手に好きな容器に入れてねという昔ながらの作り。
 原材料は「夏みかん、砂糖、水飴」それだけ。

 萩にある(有)光國本店というところで作ってます。
 味は言葉で説明できないんですが、夏みかんから連想するのとは逆に、その辺で売ってるマーマレードより苦味は控えめです。
 故郷の自慢のアイテムの一つでした♪
 ちなみに、この光國本店は夏みかん関連の菓子もあってこれがまたうまいです(箱に「夏みかん製造専業」とあります)。
 そっちの話はまたいつか♪
思わぬ出費
 過労気味のつまの苦労を軽減してくれていた食器洗い機がついに寿命(正確には寿命間近の断末魔)のため、つまを乗せてバイクで隣町(正確にはもう少し遠い)の電気店へ。

 途中、愛用のブーツに巻いて使ってたバイクのギアチェンジ用のサポータがどうにも緩んではずれ易くなってて、走行中も気になり、これでは安全のためのサポータが事故の原因になりかねないと、急遽ブーツを探しにバイク用品店へ。
 現品限りの27.5のスエードのブーツがあったんですが、履いてみると左足の甲がどうにも当たって不快。
 5000円引きでお買い得なんだけど、ここに目をつぶると、いつぞや買ったシンプソソのブーツの二の舞になると断念
 1万3千円ちょいのelfのブーツ(27.0)を買いました。

 こういう思わぬ出費って重なるんですよね。
 でも使用感は良なのでそのまま履いて電気店へ。

 食器洗い機は、大体想定どおりの品を見つけて購入、配達を頼んで帰途へ。

 途中平塚から大磯へのイチコク沿いに、中古釣具店を発見。
 うーん、この辺はそういうマニアックなお店が成立するんだと感心(釣具屋さんは他にもありますが、中古専門店ってのはびっくり)。
 あとでつまに言ったら、
「何言ってるのよ、平塚駅の反対側には魚網屋さんもあるわよ」
 そうかー、河や海が近いもんなー。
 湘南に住んで20年以上になりますが、まだまだ探検すべきところがいっぱいありそうです♪
二匹目の猫は・・・
ミケコ毛づくろい

ブログの「拍手コメント」に、お客様からミケコの後は新しい猫は飼わないのですかというお尋ねをいただきました(ありがとうございます。またこれまでにほかのコメントをお寄せくださったお客様がたにも、御礼申し上げます)。

 結論から申しまして、もう猫は飼いません。
 うちは仕事が忙しくなると、全然猫をかまってあげられない日がありますし、妻も私も体が弱いので体力的にも限度があります。
 亡きミケコは晩年、あちこちでゲロだの粗相だのしまくりで、その後始末は大変でした。部屋中に新聞紙をしきつめて、それはもう人の住む状況ではありませんでした。
 ただでさえ調子の悪いことが多い私や妻に、二匹目の猫は無理だと思ったものです(世話するこちらが倒れます)。

 動物を飼うというのは家族になるということで、死ぬまできっちりフォローすることです。逆に言うなら、最後まで責任持って愛情を注ぎ面倒を見れない動物は飼わないことだと思います。

 生前ミケコはよく妻と会話してました(夢と違って人語はしゃべりませんが、つまは以心伝心あったようです)。
 忙しくて、あまりかまってあげられない日もあったせいか、アシスタントさんの出入りも激しくて落ち着かない家だったせいか
 ある日ミケコが妻に
「このうちはさー、猫飼わない方がいいと思うなー」
 と言ったそうです。妻はミケコをなでながら
「我が家の猫はみいちゃんだけだよ。後にも先にもみいちゃんだけ」
 と言いました。ミケコはうれしそうにしていたそうです。
 私もミケコを最初で最後の猫にするつもりで、妻と同じ約束を守る気でいます。

 いたらぬ飼い主でしたが、ミケコはミケコなりに、私や妻を好いてくれてたように思います。
 今も心でつながっていますし、ミケコへの愛はまったく変わりません。
 体こそなくなりましたが、まったく変わらず、思い出すたびにミケコの愛に触れて癒され、私は彼女に感謝しています。

 うちの寝室は二階にあるのですが、階段を上がったところにミケコの写真を何枚か額に入れてかざってあります。寝る前とか、その写真によく挨拶します。
 
 でも

 一つだけ断言できないことがあります。
 ミケコがうちに来るきっかけになったのは、彼女が捨てられて怪我をして、このままだと傷が悪化して死んでしまうかもしれないと獣医に連れていったことでした。
 入院治療費は払いましたが、退院の日に先生から
「このまま梅雨空の下に放したら、また傷が悪化するでしょうね」
 と言われて、ペット禁止の団地でしたが「アンネの日記」暮らしを決意し、私はミケコを引き取りました。
 その後、今の一軒家に移って死ぬまで十数年共に暮らしました(蛇足ですが、拾った時の団地は、今ではペット可になっています)。

 もし将来、同じような猫と出会ったらどうなるか。
 私は断言できません。
 私に経済的な余力があって、どうしても捨て置けない猫との縁があれば
 絶対に飼わないとは言えません。
 妻とも相談しないと決められませんが

 もしそんな猫を飼うことがあったら
 きっとミケコも許してくれるでしょう。
 捨てられ死に掛けた猫の気持ちは、誰よりもミケコが知っているでしょうから。
ひとりぼっちと孤独
薔薇

 ひとりぼっちと孤独は別のもの。

 昔読んだ本で、ニードルマンというサンフラシスコ州立大の教授の話で
 自分の講座の生徒に現代文明の抱える大きな問題は何だと思うか?と問うた答えが「孤独」だったと。

 で、あるナイジェリア人の学生が、最初勉強のために故郷を出てイギリスに渡ったとき、イギリス人が「自分は孤独だ」と言うのをたびたび聞いた。
 自分の故郷の文化にも言語にも「孤独」に当たるものがなくて、最初意味がわからなかった。
 「ひとりぼっちということか」と尋ねても「違う」と言われる。
 その後そのナイジェリア人はアメリカに渡り、カリフォルニアで二年くらし、「孤独」という言葉の意味が今ではわかると。


 非常に含みのある話で
 私たちは、ごく普通に「孤独」と言いますが、文化環境によってはそれがなんらポピュラーなものではないという。
 また所変わればまったく日常的なものだという。

 では孤独とは何かというと、また長い話になるのですが

 たとえば、愛すべき聡明なる(笑)わがつまは、まったく友達づきあいというものが日常ありません(年賀状のやりとりくらいはありますが)。
 じかに会う友もいないし電話やメールもしません。
 実の親や姉妹との関係も希薄。
 気の合わない人と無理に付き合ってストレスを感じるよりも、花や生き物と(庭で見かけるトカゲとか、道の猫とか)付き合うほうがよっぽどまし、と
 一人で居ることになんの抵抗もありません。
 専業主婦なので経済的には私に依存している面もありますが、精神的にはなんら依存していないように思います。

 それだけ言うとなんだか対人障害の人みたいですが、別に自閉してるわけでもないし、人と会えば普通に明晰に会話します。
 でもって「孤独」なわけではないんですよね。

 世界(自然?)とつながっていることがデフォルトと言うか。
 と言って何か宗教に入ってるわけでもありません。
 特定の思想、教義とは無関係に生来そういうタチのようです。

 そうかと思うと、たくさんの人に囲まれながら「孤独だ、寂しい」と、絶えず誰か(何か)すがりつきたい相手を探している人もいます。
 私も昔、大変寂しがりやだったので、気持ちはわからないではないんですが

 自分の人生を振り返ると、私の場合「孤独感」を馬の顔の前にぶら下がったニンジンとして、人と触れ合い社会性を身につける触媒として利用してきたように思います。
 そして、ある段階でその「錯覚」に気が付き、手放した(100%とは言えないので、今なお「手放しつつある」と言うべきか)ように思います。


 病的に他者に依存しようとする人を「愛の乞食」と表現した人がいます。
 世界との一体感とは何かと言うと、これがまた一言では語れなくて、ある種の悟りというか分別を得てそれを自覚している人と、いわゆる「離人症」などで自分や世界の喪失感に悩まされ、不安定な精神状態になった人(ポジテイィブな一体感ではなくて境界が不明瞭になって混乱している人)とは区別して見る必要があります。


 と言うわけで、このテーマは話し出すとどこで止めていいのかわからなくなるのでなかなか書けませんでした(でも書いちゃった)(爆

 乱文ご容赦~~(汗
コピー機トラブルもう2年半
 今年の始めmixiでも書いたことですが
 我が家のリースマシン、キャノンのコピー機兼FAX兼プリンタ兼・・・
 iR2270F
 
 あいかわらずトラブル解決してません。

 で、きょうもサービスの人が来て、今度こんな新型機が出るんですがとカタログを提示。
 いえ、そういうことより今のマシンの問題をなんとかしてくださいと。

 寒い日や寒い朝、トナーが乗らなくて画面が剥がれ落ちる症状が、冬は無論春秋もかなり多発、安心して使えるのは夏とその前後わずかな期間です。
 一般の方にはぴんと来ないかもしれませんが、私の場合原稿をこのマシンでプリントして出版社に渡すので、コピーが不調ということは納期に品物が納められないってことなんですよね(無論、そういう場合予備のインクジェットプリンタで印刷しますが)。どれくらい重大な問題か、ご推察いただけるかと存じます。

 それから紙詰まり。
 1月にアップした記事を採録しますが

 「A3なんかほとんど使えません。
 仕事で使うB4は、給紙トレイの位置を替えることでなんとかなってきましたが、年明けにB5,A4まで詰まるようになってサービスを呼びました。
 A3の詰まりに関してはこれまでも何度もサービスを呼んで部品交換とかもしてもらったんですが、一時的に治るだけでダメですね」

 あと薄手の紙だとそっちゃって、20枚もとらない内に、トレイの紙をどけてくださいってメッセージが出て止まります。
 オフィスで大量のコピーを取るところなんか使い物になりませんよね。

「とまあこのように踏んだり蹴ったりな製品です。
 20年以上の長きに渡って何代もリースを続けてきたコピー&FAXですが、もはやそういう時代でもありません。
 この機種でリースは最後にしようと思っていましたが、この惨状はある意味助かる?と言うか、気兼ねなく手を切ることができます」

 サービスの人(すでに最初のクレームから代替わりしてます)に、問題点を説明すると、念のためにお使いの用紙を、と言われるので、原稿印刷用のリコーの厚口110Kと普段使いのアスクルの安い紙を渡してお帰り願ったんですが
 同じことを以前も何度かして、なんの説明も改善もありませんでした。
 きっと今度も同じでしょう。
 しかし、ふと思う所あって、

 きょうはキャノンの大元のお客様相談センターに電話しました。
 係りの人は丁寧な応対で、近日中に返事をくれるそうなんですが

 果たしてどうなりますか。
 あまりたいした手も打てないままのような気がしますが、杞憂か当たりか。
 そもそもリースして2年半、版故障状態のままリース代だけ取るという企業姿勢には絶望しています。
 今後どういうフォローがあるか、経過報告もいたします。
 ではでは♪


追記
 相談センターに電話して二時間後
 いつものサービスから電話があって(キャノンの大元から指示が行ったようで)代替機を用意して徹底検査をとか言ってきたんですが
 冬場に発生するトラブルを今この夏場に調べても異常なしって出るのがオチかもです。
 まあ二年半同じその場しのぎを繰り返してきたサービスに、何を今更と言う気分ですが;
 また経過を見守ります。

 ちなみに、このマシンをお勤めの会社などでお使いの方で、同様のトラブルがある方っていらっしゃるんでしょうか。
 それともうちのマシンだけの不良なのか、はてさて?

追記2
 こうしたトラブルで半分くらい故障状態でも当然ですが契約どおり毎月のリース料はきっちりユーザーに請求されます。メンテナンス料金も請求されます。
 これって漫画家で言うなら、今月は調子悪くて原稿40枚が20枚しか描けませんでした。
 でも原稿料は40枚分請求します、ってのと同じですよね。
 すごいい商売だな~と思います。
 そんなうまい話ないですよね私どもには(あってもいらないですけど

 ちなみにそこんとこサービスにつっこんでも、すみませんねーって言って終わりです。
 やはりすごい商売のようです(笑
イヤな背景
JR東海道

金沢シーサイドライン

 近年原則として何が嫌いとか、あれはイヤとかいった話題は書かないことにしてるんですが
 きょうは執筆の裏話として一つ(笑

 プロたるもの描けないモノがあるのは恥と申しましょうか、多少の得手不得手はあっても、とりあえず見たものは紙に再現できて当たり前と思って精進してきましたが
 やはり苦手なモノというのはあるもので

 昔、原作付きの作品で、線路上を主人公と敵役が追跡戦をやるシーンがありました。
 原作のシナリオを見た段階で
 あ、これは無理と思いまして
 何が無理かと言うと、電車の周囲の電線、ケーブル、それを支える鉄柱etc・・・。
 映画ならヘリやクレーンから写せばいいだけですが、漫画の場合全部手描き。それも、ただ写真を描き写すのではなく、追いかけっこの途中、ぐるぐるアングルも変わればアップやロングも入れ替わる。
 そこだけで何日分か執筆時間を食いつぶすのが見えましたので(そんな難しい背景任せられるアシスタントはいませんでした。一人で描いていては締め切りに間に合わない)担当さんと相談の上、電車を変更。
 普通の電車から、新都市交通システム(ゆりかもめ、みたいな)系の、上に電線がないタイプのものにし、自分でカメラを持って、一日つぶして金沢シーサイドラインまでロケハンに行きました。
 
 アップした写真(JR東海道線と金沢シーサイドライン)を比べてご覧になれば、絵心のない方でも一目瞭然だと思います。
 どっちを描くのが時間がかからないか。
 普通の電車を描いた場合、何倍もの手間がかかるのが、おわかりいただけますでしょう。

 1~2コマならともかく、何ページにも渡って登場する場合、たとえ一日取材につぶれても、普通の電車を描くよりは、十分元が取れるんですよね。


 これが、たとえば鉄道ミステリーみたいに、特定の路線ならではのトリックとかなら変更はできないんですが、架空の街の架空の鉄道であれば、描き易いにしくはなし、です。
 以上執筆裏話でしたー。


追記
 なんでこんな話をアップする気になったかと言いますと、先日知り合いの方の日記で、昔『ワイルド7』の扉ページで、送電線も電柱も何もない路線を新幹線が走ってる絵がアップされてまして
 ああー、この時、望月先生も電線描いてる暇がないと思われたのかな~~(全然違ってたら大失礼!)(大汗)などと、思ったりしましたもので;
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