あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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ファミレスでアイデア
 昔からマンガ家には定番ですが、たまにファミレスで、うるさくない時間にノート広げてアイデアを練ると
 家では出ない物が色々出るので、もう少し利用しようかと最近思います。
 喫茶店でもいいですけど。
アホな発想(の回想♪
 幼い頃雑誌で「動物の寿命図解」ってのを見て、
 ライオンとか熊とかが「何十年」って書いてあるのを
「そうか、この動物に追いかけられたら、その間追いつかれないで逃げ切れば、歳とって向こうが先に死ぬ」
 って思ったことありました。
 どこからつっこんでいいかわからない子どもならではの発想ですが(笑
 あのバカな感覚は、たぶん形を変えて、自分の今の仕事(マンガ家)に生きてるのかもしれないと思います♪
正面顔の悩み
 何十年も昔、手塚先生の漫画の描き方の記事で
「デッサンのゆがみは裏から見る」
 っていうのを知って、はじめて自分の絵を裏から見たときは衝撃でした。
 あまりのいびつさにしばらく裏から見られませんでした。
 自分の現実は早めに知ったほうがいい(笑)。小学3~4年のころでしたw

 横から見た絵もそうですが、正面顔は特に出ます。

 『じゃりン子チエ』のアシスタントをしていた20歳前後の頃も、自己嫌悪してました。
 はるき先生は
「人間の顔なんて左右いびつなもんや。そない気にすることないでw」
 って慰めてくださいましたけど。
 今はPCのフォトショップで左右反転できるんで、半分ずつ裏表をつきあわせて、気軽にバランスが見られます。
 でも、ただとればいいわけでもありません。
 ご存知のとおり、完全左右均等な顔は、かえって異様に見えますから。

 先日Eテレの番組で、あの楳図かずお先生も、左右対称に描かないほうが表情が出るみたいなことをおっしゃってたような。
 実際そのとおりで、そういう意味では漫画なんてほとんど人の表情を生き生きと描くためのコマだらけなんで、あまり神経質に均等を追うことはないのかもと思います。

 ただ例外として、
 友人の阿闍梨で尼僧漫画家・悟東あすかさんの著作
『幸せを呼ぶ仏像めぐり』
 の助っ人で、ご神仏の御姿を描いたときは、あえて非人間的に左右均等に努めたカットもありました(お不動様のように非対称が正しいお姿の場合は別)。
 煩悩や執着を離れて人ならざる存在になったものを現すには、かえって均等で人間らしさをなくすことが必要と思ったからです。

 正面から見て左右均等な顔を描くのはとても難しい。
 結局50年以上かかってもできてません。
 目か手か脳のどれかか全部に障がいがあるのかも(片目が乱視なのは事実です)。
 でも以前、尊敬するバンデシネ(フランス・コミック)の作家が、単行本のカラー表紙でいびつな正面顔描いてるの見て、なにか少しふっきれた気がしました。
 まあベストを尽くして日々修行、という、いつものオチになるのでした(笑)。
キャラ立てのこと
 「キャラクターを立てる」
 がマンガ創作の基本というのは私の師匠・小池一夫先生が何十年も前から提唱しておいでのことですが
 
 キャラが立ってるって、言い換えると気になってしょうがないキャラになってるかどうかでもあります。
 こいつ別にどうでもいいや、どうなってもいいやってキャラは、その作品を読み続けようと思いません。
 描いてても描けません。
 こいつが幸せになるとこ見たい、こいつが不幸になるとこ見たい、
 そう思えるかどうかが肝かと思います。
 (などということも、おそらくとうに師匠が言っておいででしょうが、私も長い間創作しててそう思っています)。
マンガのアドバイス
 マンガの講師もしている友人のマンガ家に頼まれて先日、あるマンガ家志望の若い方(まだ二十代)の原稿を見させていただきました。
 まだ描きはじめて2~3年の方で、デッサンとかパースとかは全然未熟だし、見せ方も問題だらけでしたが

 いい。

 キャラが魅力的で目ぢからがあります。
 核がなければ真珠も育ちませんが、才能の核のないところに、努力は無意味です。
 元手もなければ利子もつかない。

 その方には才能と、見せたいものの輝きがありました。

 マンガ家には、大きく分けて2タイプあります。
 描きたいもの、訴えたいものが内にあり、吹きこぼれてくるそれらを描かずにはいられないタイプ。
 そんなものは別にないけど、読者の求めるものを敏感に感じ取り、それに応じて作品を作り出せる頭のいい器用なタイプ。

 私のお会いした方は前者のようにお見受けしました。
 友人も、数年間見てきた教え子の中で、類例のないタイプと言っていましたが
 そうだろうと思います。そうそう、ころがってはいない。
 けしてメジャー王道のタイプではないけれど、化けると化けるかもしれない。野に埋もれさせるのは惜しい人です。

 喫茶店でお会いして一時間くらい話して、その後場所を変えて、メシを食いながら3時間くらい、計4時間くらい原稿を拝見しながらお話ししました。
 その場のコトバだけではご理解いただけないだろうと、コピーをいただいて帰宅。
 数ページに渡って私ならこう描くという作例と、十数ページの改訂版コンテ(いずれもパソコンでその方の絵と私の絵を切り貼りして作成)を3日がかりくらいで作って、お送りしました。

 あくまで、私の限られた知識と知性を基にした私の意見であり、ご自身が納得いかなければ、何一つ受け入れられる必要はありませんと、前置きしておきました。
 せっかく相談に乗ったのにアドバイスを無視されたとか言って気を悪くするのは、相手に良かれではなく、ただの自己チュー、自己満足です。
 人は自分の納得いく道を歩むべきであり、犯罪などの特殊なケースを除いて、誰も干渉する権利はありません。
 今回のアドバイスも、意見を求められたからであって、こちらから、余計なおせっかいで口を出す気はありません。

 まあ、何も受け入れるものがなかったとすれば、相手の方には時間の無駄だったかもですが(笑
 私には十分得るものがありました。


 人様の原稿の問題点を目にして、おのが作品を振り返るとき、果たして自分は常にそれをクリアしてきたか。
 同じ過ちを犯した作品がなかったか(あります)。
 自分はこの人のこの作品、いや、この登場人物と比べて、読者の胸に訴えるだけの輝きを持つ人物を描いているか。
 この熱、この想いを持っているかetc・・・
 他者への剣は己への剣であり、他者へ差し伸べる手は、己に差し伸べる手です。
 親子ほども歳の離れたアマチュアの方の原稿と、真剣に向かい合うことで、私は多くのことを気づかせていただきました。
 お会いする前から、そういう展開はある程度想像していたのですが、予想を超えたインパクトがありました。

 たまたま、連載の合間であり、単行本の直しが終わって一息ついていたところでもあり、私に余裕があったからできたことですが、種のない畑に水は撒かないように、私がそれだけマジになるものを、お持ちの方だったということです。 
 これっきりのご縁なのか、まだまだ続くご縁かは、相手の方のお気持ち次第ですが
 とてもいいものを見せていただきました。
 友人にも、その方にも、すべてに感謝しています♪
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