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あつじ屋日記
まんが家・山本貴嗣(やまもとあつじ)の日記です。 作品から日々思うことまで色々書いてます。
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葬祭と人づきあい
 子どもが病気で高熱なのだが身内の葬儀に出ろとパートナー言われて辛い、という話をネットで見ました。
 人づきあいは大切なものですが、誰かの気持ちを大切にしようとして、別の誰かの気持ちをないがしろに(この場合は気持ちと言うより子どもの健康ですが)するのは賛成できません。

 二年前、故郷の母が他界しましたが、焼香には私一人が帰省しました。
 妻は元々とても体の弱い人で、数年前白血病から生還してからは、また一段と体力がなくなりました。
 たとえばベランダに2人分の洗濯物を干すと、はあはあ息が荒くなって横になるくらいです。(医師には検査を受けていますので、念のため)
 だから、とても湘南から山口県に旅などできません。
 私は妻が幸せにしているのが幸せなので、湘南に残して帰省しました。
 亡くなった母はとてもさばけた性格で、私とも仲良しで妻のこともよくわかってくれていたので、喜んで受け入れてくれたと思います。
 一人残された父も、そういう状況はわかっていて、私一人の帰省を快く迎えてくれました。

 だれかに耐え難い無理や犠牲を強いる付き合いや、それなしでは維持できない関係があるなら、それは手放してもいいと思っています。
 将来もし、妻より私が先に逝くことがあれば、そういう妻ですので、一般的な葬祭はこなせないし、その必要もありません。
 そんな妻に何かよけいなことを言う人がいれば、故人(私)が総力を挙げて阻止したいと思います。
 もっとも、そんな苦労はかけたくないので、できれば私が妻を見送れたらいいなと思っています。

 生きている親のことも、死んだ親のことも、一日も忘れたことはありません。日々感謝して生きています。
 すべての命に幸多かれ。
酷暑2018
 先ほど、冷房の効いた仕事部屋から隣の部屋に移動したらメガネが真っ白に。
 真夏の昼間、冷えたマーケットから暑い戸外に出たりしてなることはよくあるけど、真夜中に自宅内では初めて;
 今年の酷暑は本当に尋常じゃないです。
 皆様どうぞご自愛を;
起きぬけしろさん
起きぬけしろさん(2015年)

「おっはようだよっと」
 という感じで庭のネコハウスから起き出してきた故しろさんの写真です。(2015年2月撮影)
 亡くなる前の年で、もうだいぶおじいちゃんでした♪
 7月もきょうで終わりですが、このイカレた暑さはまだまだ続くんですかね。
 皆様どうぞご自愛ください。きょうもよき日を♪
「べき」や「ねば」じゃなく「どうしたいか」
 痛ましい事件が起こると(殺人から差別まで色々)いつも目にするのが「なぜ~してはいけないか」「~すべきか」という話なのですが
 私は、言うまでもなく、人の命や心や権利は大切にしたい、敬意を持って接したいと思っています。
 でもそれを、何か論理的に説得するとか証明するというのは、難しいと思います。
 若い頃、倫理とか道徳といったものを「なぜそうあるべきなのか」と考えたことがありました。でも、つきつめると答えなんか出ないんですよね。
 物理的な数値で量れる何かじゃないから。方程式で証明などできないから。
 国境線が、人が地上に勝手に引いた、本来は存在しない線であるように、善悪の境界などというのも同様だからです。
 誰がどこで量ろうと重力が突然半分になったり光速が二倍になったりはしません。
 でも善悪は違います。
 この一世紀くらいでも、世界の各地でどれほどの変化があったでしょうか。

 理屈と膏薬はどこにでもつく、という言葉があったように思いますが、弁の立つ弁護士が、とんでもない悪人も無罪にできることがありますが、そのように、何が正しいか、人はどうあるべきか、という「証明」は、その逆の証明もまたできるものです。
 結局、心を開いていない犯罪者に「反省」などさせることはできないし、自分のしたことを理解させることもできない。
「それは公正ではないのではないか」
 という問いかけは「公正」であることに、なんの価値も興味もない人には届きません。
「それでは人々が仲良くやっていけないではないか」
 という問いかけは、仲良くしたいと思っていない人には届きません。
 自分の思考の薄っぺらさや、過ちを認めることはプライドが許さない、と心の底で思っている人は、どんな過ちも認めません(人はプライドのためなら人さえ殺すことがあるものです)。
 そういう人間を呼びつけて、人はどうあるべきか、などという話をしても、そもそも「聴いて」いないでしょう。

 じゃあ、証明できないから無法に生きる、という話ではなく
 自分はどう生きたいのか。
 何かのイデオロギーや宗教で、推奨されているから、やる、ではなく、禁じられているからやらない、ではなく 
 自分は自分も他者も大切にしたい、命も、その人の幸せも大切にしたい、幸せな自分がうれしいように、幸せそうな誰かを見るのがうれしい、そしてそれを守りたい、日々自分のことで精一杯で、できることは限られるけど、できる範囲でそうありたい。
 そう思うかどうか、じゃないかと思っています。

 目指す場所は同じでも、至る道はいくらもあります。
 それぞれがそれぞれの歩幅で、乗り物で、ルートで、目指していけるといいなと思う。
 生きとし生けるものが幸せでありますように。それぞれができる範囲でそれなりに。
 きょうもよき日を。
 
雑誌「月刊秘伝」インタビュー記事のお知らせ
 来月発売の雑誌「月刊秘伝」誌9月号に、セイバーキャッツ関連で私と、複数の武術家さまがたのインタビュー記事が掲載される予定です。
 インタビューは今月初めに東京で行われました。
 また発売されるころに詳細をお伝えいたします。どうぞよろしく御願いします。
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